蒼天の星

十六、ヘリウムフラッシュ




 背後に地球が浮かんでいる。
 ふんわりとやわらかい大気という衣に包まれた、生命を宝石のようにちりばめた星。
 前方に太陽が輝いている。
 地球の生命を育み、また、滅ぼそうとしている星。地球の直径をはるかに越える猛々しいフレアが舞う星。
 もし、視線を太陽と反対側に向ければ、遠く離れた場所で、軌道塔と切り離された『シティ』が激しい閃光をあげて外宇宙へ向けて猛進しているのが見えるだろう。
 トルクは、太陽と地球の間の空間に浮かんでいた。
 トルクは宇宙服を着ていない。オルマティロッドから発せられる生命維持フィールドが、トルクの体を包み込んでいる。
 青いコートについているフードをゆったりとかぶり、右手は奇妙な飾りのついた杖を持ち、もう片方の手は十字架を握りしめている。
 その姿を見れば、誰だって『魔女』を連想するだろう。だが、誰もトルクの事を見ていない。そこにいる何十人の人間すべてが、トルクの青い瞳が見ているものと同じものを見ている。
 青い瞳は、太陽の光を照り返していた。
 まだ、太陽に異変は起こっていなかった。
 予測に誤差はつきものであり、ヘリウムフラッシュはいつ起こってもおかしくない。
 地球を守るように円状に配置された人間たちが、全員で杖を構えて浮いていた。その中には、ケシルも、カイもいた。『強襲兵団』のメンバーもいる。
 トルクは無意識に十字架を握っていた。宗教というものを笑い飛ばしていたというのに、その十字架を握りしめると心が和らいだ。
 すぐ両隣に、ケシルとカイがいる。二人とも杖を握りしめていた。
「おいっ、まだかよ。とっくに予定時間は過ぎたぞ」
 テツが無線で文句を言う。
「あせるな、テツ」
 ケシルがテツをいさめるように言う。
「信じろ。作戦『未来』は必ず成功する」
 カイが言った。
 ヘリウムフラッシュは何回か起こる。地球をプラズマにさらさないためには、断続的な三回のヘリウムフラッシュを防ぎきらないとならない。二回や一回でシールド機構が破壊されたらそこで終わる。
 そして、この作戦の成功には偶然が必要だった。
 ヘリウムフラッシュという現象が、三回以内で停止しなければならない。シールド機構はプラズマを防げても、太陽の膨張自体は防げない。
 ヘリウムフラッシュが三回で停止し、かつ、シールド機構が持ちこたえなければ意味がなかった。
 トルクは杖を前に突き出し、祈った。
「来たっ」
 空間が振動した。
 手にしたオルマティロッドに衝撃が当たるのが感じられた。目の前のシールドが青に輝いた。太陽の悲鳴がシールドにぶつかってくる。前方が青く光り、何も見えない。トルクは杖を目一杯前へ押し出した。
 急に振動が止む。
 満ちていた光が収まる。
 太陽は一回り大きくなっていた。
 無線で被害状況の確認をする。生命の危機にあるものはいなかったが、シールド機構を損壊しているものが三名いた。その三名を後ろへ下がらせ、陣形を整える。守備をする人間は全部で二十七人になった。この被害はトルクの計算の範囲内だった。
「次が来るぞ。油断するな」ケシルが言う。
――太陽が収縮する。
 刹那、振動とともに視界が青に覆われた。
 太陽が悲鳴を上げている。
 本来は五十億年あるはずの寿命を失って嘆き悲しんでいるようだった。
 宇宙空間に風があるはずはないというのに、トルクの服はなびいていた。青い服が青い光を受けて、その光圧でなびいているのかもしれないとトルクは思った。トルクのかぶっていたフードが後ろへ流れ、髪を風が流している。
 腕が痺れ、杖を放り出したくなる衝動に駆られる。トルクは両手でしっかりと杖を握り締め、その衝動に耐えた。
 一回目よりも、時間が長いように思えた。
 目の前の青は、濃淡を変化させていた。
 一瞬、目の前のシールドにひびが入ったように見えた。
 ふたたび、静寂が訪れる。
「被害状況は?」トルクは声に出して聞いた。
「十人が負傷した。八人がシールド機構を破壊された。予想外に被害が大きい」
 カイがため息混じりに無線で答えた。
 計十八人が離脱することになる。残りのヘリウムフラッシュを九人で防がなくてはならなくなった。陣形を組換え、次のに備える。
 あと一回、持ちこたえなければならない。
 あと一回で、終わってくれないといけない。
 全員が杖を前方へ構え、九人のシールドをひとつの滑らかなシールドへと変えた。シールドはゆっくりと大きく展開され、太陽と地球の間に立ちふさがった。
 全員が急速に収縮していく太陽を凝視しながら、さまざまな思いを巡らせていた。
『俺は流れ星のように光って燃え尽きるのか、それとも、あの日のトルクのように、光りながらも無事に生還できるのか』
『僕はさまざまな研究をしてきた。これからも研究をしたい。そのためには、ここで生き残らなくてはならない』
『俺は生きる。『強襲兵団』のボスは、こんなところでは死ねない』
『私は、地上の人たちと運命を共にしようとしている』
 トルクはふと自問する。
『これで良かったの?』と。
 太陽が、爆発した。
 荒れ狂ったプラズマが、同心円状に太陽から放たれる。プラズマがトルクたちのシールドに襲い掛かる。太陽が自らを膨張させる時に放出する自らの破片が、容赦なくシールドに衝突した。
 杖が鳴動する。
 杖が、シールド機構の耐久度に関する警報を発した。シールドから漏れ出たエネルギーは、トルクの周りを風となって吹き荒れた。
『これで良かったの?』
 淡い青の髪を風になびかせて、トルクは再び自問する。
 杖の振動がさらに激しくなる。三回目のヘリウムフラッシュは、終わる気配が一向になかった。
『これで良かったの』
『理由は?』
 トルクは一人で自問自答する。オルマティロッドはシールドが耐久値限界まで酷使されていることを警告ししている。前方に当たるプラズマがいっそう輝きを増していた。激しい電波障害のため、他の人の様子はわからない。トルクは、シールドが徐々に押され、自分たちの体が地球へと落ちつつあることを感じた。
「理由は――」
 トルクは前方に杖をしっかりと構えた。シールドを見据え、その向こうの太陽を見据えた。
「――私は、青い星が好きだから」
 太陽が断末魔の悲鳴を上げ、シールドにできていたひびを押し広げた。
 トルクの意識は消失した。


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創作時期 July 2001 改稿時期 April 2003

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