十五、作戦
| トルクは一人『シティ』にいた。 スレートから流れ込んでくるさまざまな情報を目で追いながら、要所要所に的確に指示を送る。 「材料が見つからないわ」 トルクは真っ白な部屋にいた。情報の流れが一時途切れると、同じ姿勢でいたせいで凝り固まっている体をほぐしながら立ち上がった。二三回屈伸運動をして、ふたたび座り込む。 トルクが作戦を思いついてから、すでに六ヶ月が経っていた。真っ白な部屋にも慣れ、自分の家のようにトルクは感じていた。母親には、自分は大学のプロジェクトを任されてしまってしばらく帰れそうにないと伝えていた。母親は「思う存分研究してきなさい」とだけ言った。 作戦のための人員はカイが確保した。その集団を統べる人間は、トルクが自分で地上から選んできた。起こした行動は間違っていたかもしれないが、テツのリーダーとしての素質は優秀だろうと思ったのだ。 材料を加工するための人員は、ケシルに探してもらった。シュルツの店には同業者の名簿があり、それに載っている人間を集めた。 人の確保はほぼ完了していたが、物の確保が進んでいなかった。『シティ』は情報を提供したが、物資を供給することはしなかった。『シティ』には、この作戦よりも優先する『スワン』作戦がすでにあり、そこでは物資を最大限に利用していた。市長との約束が「『シティ』の作戦に支障をきたさない範囲で」だったので、それ以上『シティ』に何かを期待することはできなかった。 「オルマティロッドの数が足りない。どうすればいいの」 トルクは誰もいない部屋で一人で呟いた。 このような誰もいない部屋で、多くの人間のかかわる作業を監督するのは、市長に似た仕事なのかもしれないと、トルクは思った。 「この作戦にも、名前を付けたほうがいいのかな」 ふう、とため息をついて、座ったまま手と足を伸ばして、トルクは考える。スレートには情報は流れ込んできていなかった。すべての物事が一段落ついていた。 「何も思い浮かばない……」 トルクは頭を掻きむしる。 作戦名を考えようとしても、ぜんぜん思いつかなかった。 「『アンブレラ』、『かさ』、『カーテン』。どれもだめっぽい」 必死に頭を使った。トルクは自分には市長譲りのネーミングセンスがあると信じたかったが、それはトルクの幻想でしかなかった。 「『アポカリプス』っていうのはどうだ?」 誰もいない部屋で、いきなり人の声が聞こえた。その声の主はケシルで、スレートから声が出ていた。 トルクが床の上に広げていたスレートに顔が映っている。 「回線、開きっぱなしだぞ」 顔が笑っていた。 「私の独り言なんだから、聞かないでよ」 「そんな事言ったって、回線にアクセスできる環境にいる奴は、聞きたくなくたって聞こえるって」 トルクはスレートの回線状況に目を通す。回線はオールグリーンになっていた。トルクは下を出して笑った。 それはすなわち、すべての可能な回線にトルクの独り言が流れ込んでいたという事だった。トルクはすぐに全回線を切断した。映っていたケシルの顔が消える。 恥ずかしさが身体中に充満する。 トルクは頭の皮膚の裏側がかゆかった。皮膚の裏側はかけない。頭を押さえ込んでも、かゆみはなくならなかった。 「別に気にするな。誰かがいい作戦名を考えてくれるかもしれないだろ」 「勝手に繋がないでよ」 「俺は君に用事があったから回線を繋いだんだ。からかうためじゃない」 再びスレートにケシルが映っていた。 ケシルはトルクに回線を切断されても、繋ぎ直すことができる。ケシルとカイの回線は、トルクの回線と同じ優先順位がつけられているからだ。 「何か進展があったの?」 「物資の調達に成功した」 「本当?」 トルクはスレートのほうへ前かがみになった。 「なぜうそをつく必要がある」 ケシルは眉を動かして言う。 「そうだね。で、どのくらい?」 「かなりの量。オルマティロッドを製作するには十分な量だと思う」 「どこで手に入れたの?」 ケシルはスレートの小さな画面の中で首を振った。 「それは教えられない。それが取引の条件の一つだった」 「そんな、地球が消えてなくなるかもしれない時なのに、秘密主義を通そうとしている人たちがいるの?」 「ああ」 トルクは小さく息を吐いた。首を大きく横に振って、肩をすくませる。 「馬鹿みたい。私たちに協力しなければ自分たちも破滅するのだから、協力するしか選択肢はないじゃない。教えてよ、ケシル」 「駄目だ。約束は守らなければならない」 ケシルは真面目な顔で答えた。 「約束なんて気にしなくていいよ。その人たちに内緒にすればいいんだから。私がただ知りたいだけ。ただの私の好奇心なんだから」 「駄目だ」 「ケチ」 トルクたちの作戦の準備は、着々と進められていた。ヘリウムフラッシュまであと六ヶ月を切り、周到に練りこまれた作戦が徐々に形を成してきている。『スワン』作戦も大詰めを迎え、『シティ』はトルクたちの作戦の指揮に使えなくなるだろう。そうなれば、トルクたちは地上で指揮をしなければならない。 トルクは地上に行く日が楽しみでならなかった。眼前にはヘリウムフラッシュという困難が聳え立っていたが、ケシルたちと一緒に仕事をすることは楽しかった。 何よりも、自分が指揮をとっているという状況が楽しかった。『シティ』にいれば、どうしても遠隔的に指揮を行うことになる。それよりも、直接的に指揮をとりたかった。 望めば永遠に生きることも可能な『シティ』の住民たちよりも、トルクは一瞬の生を謳歌する地上の人間の方が好きだった。どうしても自分で変更のできない、年齢という枠でものを見る『シティ』というシステムは好きではなかった。 ――それは、私が若いからそう思うだけかもしれない。 『この街は、『十八年の一生』が無くてもこのままの街なのかしら』 以前、自分が発した問いを考えてみる。 もし、生き残ることができれば、地上は『十八年の一生』は消し去ることができる。その結果、地上はどう変わるのだろうか。 何も変わらないはずはない。 何かが変わるだろう。 だが、それが何かはわからない。 ――別に、わからなくてもいいか。 やることは沢山あり、ただ目前の困難を乗り越えることができればいい。 トルクは深く考えないことにした。 そうやって六ヶ月が過ぎていった。 |
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