蒼天の星

十三、カーテン




 トルクはゆっくりと目を開いた。後頭部をさすりながら半身を起こす。
 部屋は真っ白だった。壁も床も、柔らかに照りつける照明も、すべてが白っぽかった。トルクは真っ白なベッドに寝かされていた。
「起きたか、トルク
 トルクはぼんやりと声のする方を見る。ケシルが中央の照明を挟んで反対側の壁に寄りかかって座っていた。カイは同じ壁に立ったまま寄りかかっている。二人とも衣服が汚れていた。
「市長っていうのはなんて嫌な奴なのだろう。僕たちの星に僕たちの星に『十八年の一生』をばら撒いて、そして、今度は『ヘリウムフラッシュ』で地球が消滅するのを無視し、自分たちだけ逃げるという作戦を平然と行うとは」
「俺たちは、地上の人間は、あの市長の中では人間とすら見られていない。俺たちに抵抗手段は何もない。地上の人間をヘリウムフラッシュから守るための、俺たちにできることは何もないというのか?」
 二人とも、まるで熱意が感じられなかった。ケシルは自分の手にもったナイフの柄をぼんやりといじり、カイは焦点が定まらずに壁を見つめている。
「トルク、今日は面会の日から数えて五日目だ。俺たちはずっとここに閉じ込められている。食事は定期的にどこからか出現しているから食べるのには困らないが、これは監禁だ」
 ケシルがナイフを壁に向かって投げた。ナイフは壁にあたり、鋭い音を出して落ちた。
「僕の知識ではどうしようもない。僕と僕の先代たちの研究の知識をもってしても、ヘリウムフラッシュを防ぐ方法は見つからない」
 カイは壁に沿って座り込んだ。
「どうすればいい?」
 ケシルとカイが、トルクの方を見て同時に言った。
 二人がトルクの寝ているベッドに向かって歩いてくる。トルクはベッドから足を投げ出して横に座った。
「夢を見たの」
 トルクはケシル達に向かって言った。
「はあ?」
 ケシルとカイはトルクの両サイドに座った。二人の少年が座ったせいで、ベッドが大きくきしんだ。
 トルクは後ろに上半身を倒して仰向けになった。同時に、両手を頭の上へ投げ出す。ふわふわとしたベッドが背中に当たって気持ちが良かった。
「私が地球と太陽の間にいて、他にもたくさんの人が同じようなことをしてて、太陽が脈動している夢。あれって、どういう意味だったんだろうって思って」
「夢なんて、大した意味はないだろ。今はそんなことより、ヘリウムフラッシュのことを考えないといけない」
 ケシルがトルクと同じように後ろへ倒れこんで言った。
「でも、異様にはっきりしていて、なんていうか、メッセージ性があるような。そんな感じだったの」
「夢なんて忘れたほうがいい。僕たちには夢がないのだから」
 カイは立ち上がって、壁に向かって歩きながら言った。手にはグローブがはめられていた。カイは壁に向かってこぶしを殴りつけた。
 大きな音が鳴った。
 だが音はすぐに壁に吸い込まれてしまった。
「くそっ。僕たちのやっていた研究は無駄だったのか? やはり僕たちは無力なのか?」
 カイは何度も壁を殴っていた。鈍い振動にしかならないその音の中、トルクは黙ってそれを見ていた。
「夢? 夢がどうした。夢はもう見られない。僕たちには未来がない。夢を見る場所がない。夢ごときにごちゃごちゃぬかすなっ!」
 ひときわ大きな音が部屋に響く。
 崩れ落ちるようにカイはひざを折った。こぶしを壁につけたままうなだれている。
「どうすればいいんだよ……。自分が生き残ることができたって、十八年以上生きることができるようになったって、僕は嬉しくない」
 ケシルはベッドから身を離した。ベッドが大きく跳ねる。トルクは上半身を起きあがらせた。
「夢を見ることは悪いことじゃない。どんな時にだって夢は見ることができる。そして、今は、どんな事だって大事にしないといけない。夢にヘリウムフラッシュを防ぐ方法が隠されているかもしれないじゃないか」
 ケシルはカイのほうへ歩み寄り、カイの肩に手をおいて言った。カイはケシルの手を払った。
「触るなっ。お前に何がわかる。何十代、百五十年もの研究が水の泡になったんだぞっ。僕は、お前みたいに、何もしないでその日その日をなし崩し的に生きてきた人間とは違うんだ」
 ケシルの顔が紅潮した。
「てめえっ」
 ケシルはカイの白衣の襟首をつかんで持ち上げた。カイはうなだれていてケシルと目を合わそうとしない。
「やめなよっ」
 トルクがベッドから降りて二人の所へ駆け寄る。ケシルは右手でカイの襟首をつかんだまま、いつの間にか拾ったナイフを左手に持ちトルクのほうへ向けた。
「来るな。俺はこいつに話がある」
 トルクにそう言ってから、ケシルはカイの方を向き直った。トルクはそれ以上近寄れなかった。
 ケシルはカイを床に下ろした。そのままカイを見下ろして口を開いた。
「確かに、俺はお前とは違って、その日その日をただ生きるために生きてきた。だがな、俺は何もしなかったわけじゃない。俺は俺なりに何かをしたんだ。それが何かわからなくても、何かしたことは確かだ。俺は、お前みたいに頭がいいわけじゃないし、要領がいいわけでもない。だがな、それでも、俺は俺として最後までやれることをやる。だから、お前も今できることを探すんだ。絶望に打ちひしがれていても何も始まらない」
「この状況で、絶望せずにいられる方法なんてない。僕は何もできない」
 うなだれたままカイが呟く。その声には生気がこもっていなかった。
「そんなこと言うな。何かあるはずだ」
 トルクは二人の少年のやり取りを眺めていた。
 トルクの中にあったもやもやが変化した。夢の意味が確信できた。
 床に転がっていたオルマティロッドを手に取り、縦に構えた。杖の下部が床にあたって金属音を立てた。その金属音で、ケシルとカイがトルクの方を見る。
「私、夢の意味が、わかったの」
 トルクはゆっくりと言った。
 トルクの頭に徐々に形成されてきたアイディアの断片が、二人のやり取りによって一つの塊に変化したのだった。
――自分は自分なりに何かをする。
 それがヘリウムフラッシュから地上を守るためのキーだった。
「私、今まで、解決方法をいろいろと探ってきた。どう考えても、私の力では無理そうだった。けれど、今、閃いた」
 トルクは小さく息を吐いて言う。
「で、どうやればいいんだ」ケシルが言う。
「みんなで守ればいいのよ。夢で見たとおりに、そのままに」
 カイが立ち上がった。額に手をやり笑い出した。
「ははは、何を馬鹿なことを言っているんだ。みんなで守ることができるんだったら、誰かが思いついてとっくに準備してるだろ」
 カイはケシルに指を指した。目つきは鋭く、ケシルの事を睨んでいるように見えた。
「夢なんて、役に立たないんだよ」
 カイに指を指されていても、ケシルは黙ったままだった。
 トルクは、自分が思いついた案を検討し始めていた。オルマティロッドを『シティ』のデータベースに接続し、その案が要求する資材を計算して、実現可能性がどのくらいあるのかを見積もった。
(オルマティロッド、『セントラル』のアクセス許可を取れる?)
(あなたの持っている超法規的権利により、すべてのネットワークは開放されている模様。『セントラル』へのアクセス制限はありません。利用しますか?)
(おねがい)
(了解しました)
 杖が目には見えない情報リンクを開いていく。『シティ』の中央の完全に無菌で管理されているサーバー『セントラル』に情報連結する。パケット単位に分割された細切れの情報が、杖の演算処理機関へ流れ込んで意味のある形へ再構成された。
(シミュレーション完了しました)
 結果が腕時計のディスプレイに流れ込んでくる。トルクは市長からもらったスレートをポケットから取り出して床に広げた。腕時計をスレートに近づけ、赤外線でリンクする。腕時計からスレートへとデータの始めた。
 立ったままにらみ合ったままのケシルとカイが、トルクのしていることに興味を見せた。
 トルクは床に広げたスレートを見ながら、片手で繰り返し床を叩いて言った。
「この結果を見てよ。大丈夫かもしれない……」


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創作時期 July 2001 改稿時期 April 2003

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