十、天と地の間
| 俺たちは、天と地の間にいた。 今、俺はゆったりとしたシートに腰をかけている。 軌道エレベーターとやらの入り口を入ったとき、さらなる困難が待ち受けているのかと思ったが、案外あっさりとエレベーターに乗ることができた。 トルクが『シティ』との連絡をつけることができたかららしい。 光らない黒く不気味なピラミッドに開いた入り口から中に入ると、すぐにドアに突き当たった。 四角い小型の箱が、金属製と思われるドアの横の壁に取り付けられていた。 俺とカイが後ろで見守る中、トルクが杖の先をその箱に近づけて何か言うと、しばらくしてドアが開いた。 奥にあるドアも次々と開いていったようで、通路はまっすぐ障害物もなくエレベーターまで続いていた。 エレベーターは、二列で合わせて十二個シートがある円筒形の部屋で、円筒の半分は、上も下もガラスのように外側が見られるようになっていた。 そして、今、エレベーターはちょうど中間地点を過ぎようとしている。 透明ではない壁の側に、目的地までの距離を棒にした表示があり、それを見ていたから分かった。 俺は部屋を見回す。 カイは席には座らずに、透明な壁にへばりつくようにして外界の景色を眺めていた。 俺の隣の席には、杖を抱くようにしてトルクが眠っている。こくりこくりと、落差の激しい首振り運動をしていた。 席はたくさんあるというのに、なぜ俺の隣に座っているのだろうか。俺にはよくわからなかった。広いのだから、椅子を二つでも三つでも使って横になって眠った方が楽だろうに。 絶えることのない低い機械の振動音がある。だがそれはすでに空間にとけ込んでしまっていて、あたりは一種の心地よい静けさに包み込まれていた。 俺は立ち上がろうとした。だが、少しふらつき、再び椅子に腰を下ろしてしまう。 身体が重い。 シートに座っている分にはまだ良いが、立ち上がると、自分をもう一人背負っているくらいの重みを感じる。 それでも俺は身体を無理矢理立ち上がらせて、カイが立っている透明な壁の方へ向かった。 「何しているんだ」 俺は歩きながらカイに声をかけた。彼は振り返る。カイは満面の笑みを浮かべていた。 「景色を眺めていたんだ。この景色は見ていても飽きない。この景色が見られるような構造物を作った『シティ』は、やはり驚嘆に値するよ」 俺はカイの横に並び、壁に手をつく。透明な壁はひんやりとしていて気持ちよかった。 俺は開いた口がふさがらなかった。心臓が縮み上がるような感覚を受けた。 無数の星が広がっている。 しかも、瞬かない。 いつも草原で見る星空よりも、遙かにたくさんの星が見える。上を見上げれば、いつも見慣れている星座を見分けることができる。足よりも下にある星は、全く見慣れない星だ。 草原で見たときと比べると、星々は何故か冷たい感じがした。瞬かないだけで、こんなにも印象が違うのだろうか。 俺の足の下には、球体の地球がある。俺はそれに釘付けになった。 地球が丸いのが分かる程度なのかと思っていたが、ここの高さはその程度のものじゃない。エレベーターで上昇と言うより、カプセルで宇宙旅行と言った方がしっくりくる。 見た目的には、地球はかなり大きめのバスケボールくらいだ。眼下に広がるという表現より、真下に浮いているの方が合っている。 青い球体。 今は昼なのだろうか。球体はほぼ円で、光を浴びて青く光っている。 俺は透明な壁が壊れるんじゃないかと思うくらいの力で手を壁に押しつけた。顔と壁は目と鼻の先にあった。 「俺たち、すごいところへ行こうとしているんだな」 「ああ」 「カイ」 「なんだ」 俺はカイの方を見ずに、景色を眺めながら言った。カイも俺の方を向いていないに違いない。 地球が俺が落ちてくるのを待っているように感じた。下にはどこまでも塔は続いているが、その線はあまりにも細い。強風が吹けばぽっきりと折れて、自分が落下してしまうように感じた。 瞬かない星が俺が落ちるのを期待して見ている。 寒気が走り、俺は壁から手を離した。 「……おまえ、怖くないのか。俺は怖くてしょうがなくなってきた」 「僕も正直言って怖い。だけど、僕たちは『十八年の一生』を克服するために天へ向かおうとしている。先代達の研究が報われ、人が老いて死ねるようになるために。どんなことがこの先待ち受けていても、それらがどんなに恐ろしくても、こんなチャンスはもう二度と、僕が生きている間にはない。怖いという感情は、本能からでるのであって、理性からではない。怖いというのはしょうがないことさ。僕はそれを受け入れて、それでも正しい判断ができるように心がけている」 カイは微動だにせず、外をのぞき込みながら言った。 「難しいことを考えているんだな」 「難しくなんかない。人間の当然の論理の帰結を言葉に表しただけだろう」 俺はふらふらとしながら一番近くのシートに座り込んだ。足と頭が重く、だるかった。足を伸ばし、顔を背もたれにのせる。 トルクが落ちてきた時が、ずいぶんと昔に感じられた。そして、機械を直してコインをもらったのが一体いつだったのかわからなくなっていた。 俺は両手で自分の頬を叩いた。ぱしんという音が部屋に響いた。 そう、俺はエンジニアだ。哲学者ではない。俺が扱うのは、必ず理解できる機械達だ。理解できるからこそ直すことができるのだから。未知の物は相手にしない。 俺は『未知』というものが嫌いだ。 だから、『十八年の一生』も嫌いだ。あまりにも未知で、理不尽すぎる。 俺は胸に手を当てる。手は重くなっていて、胸を押さえつけた。 目指すものが『未知』の先にあっても、俺はひるまないで向かうことができるのか。理由の理解できない事が目の前にあっても、俺は乗り切れるのか。 俺は、恐怖を克服できるのか。 「カイ、俺は恐怖を受け入れるつもりはない。俺は正面から恐怖と戦うつもりだ」 俺がそう言うと、カイは少し間をおいてから、「それも解決策に一つだ」と言った。 カイは振り返って俺を見る。壁から手を離して俺の方へと歩いてきた。 「そろそろ、エレベーターの減速が始める頃だろう。加速度が逆転する為に下の方向が変わるはずだ。シートに座るのは賢明な策だな」 カイはそのようなことをぼそぼそと呟きながら、俺の席から五つ離れた席に座った。カイが座ったことによる衝撃が俺のシートにまで伝わった。 俺は目をつぶり、広がる宇宙を意識の外に追い出して眠った。 俺は地上の夢を見た。 |
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