蒼天の星

五、駅




(オルマティロッド、『シティ』のデータベースシステムにアクセスできる? 現在位置が欲しいんだけど)
 トルクは目をつぶり心の中で杖に問いかけた。杖は軽く振動する。
(圏外です。現在位置を割り出せません。『シティ』の信号を検出することができません。よって、『シティ』に依存するシステムは全て使用できません。市民生活に多大な影響を及ぼす怖れがあります。早急に圏内へと入ってください)
 杖のメッセージが直接トルクの脳内で響いた。トルクはため息をついてうなだれる。ケシルとトルクは草むらにうつぶせで隠れていた。草の匂いが間近で香る。たくさんの悲鳴と笑い声が入り交じったすさまじい狂騒が、周り全体を包み込んでいた。
 オルマティロッドは様々な能力を持っているが、その殆どが『シティ』の高度処理システムに依存している。『シティ』との連絡が取れない為、地球上では能力が制限されていた。現在でも使用できる能力は数える程度しかない。
 救難信号は常に発進し続けているが、地球上にいる限り『シティ』にまで電波が届くとは思えない。コンピュータとしてのオルマティロッドの演算能力を使うことができたが、それが今の状況で役に立つとはトルクには思えなかった。
 二人は駅までたどり着いていた。着いた直ぐに、トルク達は身を隠した。
駅は木造で、三角屋根付きの建物だった。上部の三角形の中心には古ぼけた丸い時計がある。時計の針は『三時五十分』を示したまま固まっている。
 トルクは地面に置いた杖をぎゅっと握る。今この杖で一番役に立つ機能は、『シティ』では転んだときに膝をすりむかない程度にしか使えなかったシールド機構だった。
「『強襲兵団』。もっと遠いところに行っていたはずじゃなかったのか。予想外だ」
 隣にいるケシルがささやいた。顔をしかめて駅を見ている。
 真っ赤な羽織を羽織った集団が、駅を占拠していた。停車している列車を襲撃していた。羽織の集団は様々な種類の武器を使用している。マシンガンやショットガンなどもあるが、殆どが軽機関銃の類を持っていた。プラットホームで逃げまどう乗客に向かって、笑いながら撃っている。トルクの見ている前で、後ろから発砲された乗客が背中から鮮血をまき散らして倒れた。
 少年少女が、少年少女を殺戮していた。
 トルクは吐き気がこみ上げてきて口を押さえた。
 駅の広場には座り込んだ少女達がいた。列車から降ろされ、集められたようだった。その周りを、機関銃の銃口を上に向けて走り回る少年達がいる。逃げ回る少女を追いかけ回す少年もいる。
「あいつら、どこであんな数の軽機関銃を手に入れたんだ?」
「ねえ、『強襲兵団』ってなんなの?」
 トルクは駅から目をそらしてケシルの顔を見た。まともに駅を見続けることができなかった。自分と同じかそれより小さい子ども達が殺し合いをしているのを見ていられなかった。ケシルは身体が触れあうくらい近くで、トルクと同じようにうつぶせている。ケシルは怒りで顔が歪んでいた。
「『強襲兵団』は、ただ暴れるためだけに結成された十人程度の小規模な集団だ。『十八年の一生』という運命がたまらなく嫌になって、自分の力を誇示してから死にたいと思って集まった馬鹿どもだ」
 ケシルは手を前に伸ばし、拳を地面に叩きつけた。トルクは地面から微かな揺れを感じた。
「何をやってるんだ、あいつら。銃器は使わない奴らだったのに。重火器を使わないのがあいつらのポリシーじゃなかったのか?」
?さやってるんだ、あいつら??と佯みわな奄ぴらだったのに???以」?ズさないのがあいつらのポリシーじゃなかったのk
「十人どころか、三十人近くいるわね。違う集団なんじゃないの」
 ケシルは首を振った。
「いや、あの真紅の羽織は、奴らのトレードマークだ。『強襲兵団』であることに間違いはない。どうしようか。これじゃ駅が使えない」
 トルクはゆっくりと駅の方へと視線を移動させた。狂騒は収まりつつあり、すすり泣く子ども達の声だけが響いていた。あちこちに少年や少女が倒れている。服は血まみれなのか、もとから赤い服なのかトルクの所からはわからなかった。駅の広場に無数の赤い羽織が集まっている。
「どうする? 電車を諦めて、違う手段で街へ行くか?」
「違う手段があるの?」
 トルクは駅から目をそらしながら聞いた。
「今考えてる」ケシルは即答した。
 トルクはホームに入ってきている列車を見た。四両編成の緑色の列車だった。列車の前と後ろには砂利が見え、レールがその上を左右にどこまでも伸びていた。
「あのさ、電車はまだ動くと思う?」
「ああ、多分。あいつらの移動手段になるはずだからな」
 トルクは自分の杖を見た。黄色の杖は真っ直ぐで長い。
「じゃあ、強行突破ね」
「できたら苦労しないだろ。相手は軽機関銃を持っているんだ。俺の護身術は飛び道具には勝てない」
 トルクは杖を指さした。ケシルは目をきょとんとさせている。
「あなたも覚えているでしょう? 金属加工屋で私がシュルツからこれを奪い取ったときのこと。この杖は私を守ってくれるの。もう一人くらい容易いよ」
「よくわからないな」
「わからなくてもいいわ。私を信じてくれるだけでいい」
(オルマティロッド、シールド機構を作動して。展開範囲は二メートル。隣にいる人間も包み込むようにして)
(わかりました。隣の人間があなたに触れている場合、そのようなシールド展開が可能になります)
(OK。それでいいよ)
(了解しました)
 杖の先端から緑色の光が発せられた。光は球状で、次第に大きくなっていく。
「じゃあ、行こう。あなたは私の手を繋いでいればいいから」
 トルクは立ち上がった。ケシルに向かって手を差し出す。ケシルはしばらくじっとその手を眺めた。そして手を掴んだ。

 俺は、トルクのことを信じ切れていなかった。
 シュルツの時は、いまいち状況がわからないまま進行していた。トルクは俺の想像を越えることをやってのける。これで『天使さま』じゃないというのは、俺には理解できなかった。
 俺とトルクの周りを、緑色の球体が包み込んでいる。景色がほんのりと緑色がかって見える。こんな薄いもので、軽機関銃を防ぐ事なんてできっこない。
 軽機関銃を構えた二人の男がこっちに向かって走ってきた。それでも、トルクは止まらずに歩き続けている。俺も仕方なく歩いた。男の銃口の先が妙に黒かった。
 彼女を信じる以外に道はない。今から逃げても、後ろから撃たれるだけだった。
 俺は手を繋いでいない方の手でナイフを握った。親指で柄についたダイヤルを回す。超音波の振動数をマックスにまで上げる。
 ナイフは振動を始める。振動を最大限にまで上げれば、皮膚を切り裂くことくらい容易い。超音波ナイフに関して、俺はトルクに嘘をついていた。
 まったく、俺は、『強襲兵団』に負けず劣らずの波瀾万丈の人生を送ろうとしているじゃないか。
 流れ星を憧れたら、落ちてくる。そして仕事道具がすべて灰燼に帰す。落ちてきたのは少女で、しかもかわいい。青い髪の子を俺は見たことがない。そして、その子についていけば『十八年の一生』を打ち破れるかもしれない。けれども、途中で遭いたくもない『強襲兵団』の襲撃現場に居合わせる。
 俺は運がいいのか、悪いのか。
 俺は、ふわふわと取り巻く薄皮に手を伸ばして触れようとした。
「触らないで。シールドは内側からは貫通できるけど、シールド外部に出たら命の保証はできないよ」
 トルクが鋭く言った。俺は手を伸ばすのを諦めた。今は好奇心を重要視する場所じゃない。
 二人の男は俺たちの元へ辿り着いた。
「なんだ、おまえら。散歩に来たのか? ここはいちゃつく場所じゃねえぜ」
 一人がにやにや笑いながら言う。俺は不快だった。その顔は見たことがなかった。新顔なのかもしれない。ヤニにまみれた歯が口から見えている。
 さらに集まってきた。八人くらいのガキが俺たちのことを取り囲んだ。全員が軽機関銃を構えている。どの顔もにやにやとしている。俺はナイフをしっかりと握った。
 どの顔も見たことがない。俺は『強襲兵団』の奴ら全員と面識があったはずだが。
「なんだ、そのナイフは。俺たちとやろうってのか?」
「止まれよ。穴だらけになるぜ」
 次々と言う。俺はトルクの方を見た。トルクはただ前を見ていた。囲んでいる連中が見えていないかのようだ。ただまっすぐに駅の入り口に向かおうとしている。止まる気配は全くない。
 トルクは、きつく俺の手を握っている。
「聞こえねえのか姉ちゃん。それとも彼氏がもう十八才になるから心中しに来たのか?」
 俺は内心でひやひやしていた。このあと何が起こるのか、俺には想像がつかなかった。トルクが何を考えているのか、さっぱりわからなかった。
 少年達はトルクの前に立ちふさがった。俺たちは立ち止まった。ガキどもは怒りに頬を膨らませている。俺はナイフを前に構えた。
「よお、ケシル・マルサール。手を繋いでデートか。彼女か? 紹介しろよ」
 駅の入り口から、背の小さい少年が出てきた。立ちふさがっていたガキどもは左右に分かれ少年に道を譲る。
 右腕には軽機関銃、左腕に少年よりも頭一つ分背の高い、美しいブロンドの髪の少女を侍らしている。少年の髪の色もブロンドだった。だが、所々に赤いものがこびりついている。
 俺は少年の名を呼ぶ。
 テツ・ヤナギ。『強襲兵団』の首領。走っている列車に飛び乗れるほどの類い希な身体能力を持つ。三ヶ月前に首領を決闘で殺して首領になったことは聞いていた。確か、現在一三才だ。間違いなく集団の最年少だろう。
 俺は一戦を交えたことがある。
 俺が壊れた冷蔵庫を小さな村で直していたとき、その小さな村が襲われた。俺は逃げた。だが、村の出口近くにテツがいた。俺は今と同じ超音波ナイフを持っていた。奴は素手だった。
 テツはナイフを持った俺と互角だった。
「どけて。私はそこの列車に用があるの」
 トルクは毅然とした態度で言い放った。軽機関銃の存在を忘れているかのようだった。
 俺は彼女を信じるしかない。
「テツ、どけてくれ。無駄な争いはしたくない」
テツは大きく笑った。声変わり前の少年の甲高い声だった。
「ケシル。十八年が近づいて頭でもおかしくなったのか? おまえのナイフ術をもってしても、俺には傷一つしか与えられなかったじゃないか」
 テツは左手の袖をめくり上げた。そこにはうっすらとした傷痕がある。治りかけのようだった。
「俺がお前の立場だったら、草むらにでも隠れてやり過ごすけどな」
 俺はトルクを見た。トルクは辺りを見回していた。散らばる血や動かない人間の方を見て、首を横に振った。そして、眉をつり上げてテツを見据えた。
「あんたたちのくだらないお遊びにつきあっている暇はないの。さっさとどけてくれない? 邪魔なんだけど」
 トルクは俺の手を引っ張った。
「行くよ、ケシル」と、テツの方へと歩き出す。
 今までのトルクとは俺には思えなかった。あの杖はそんなにも彼女に自信を与えるものなのだろうか。
 テツの顔が紅潮した。
 テツが小さく呟く。周りにいた連中は、一斉に軽機関銃の引き金を引いた。俺は思わず目をつぶった。
 何も聞こえなかった。
 機関銃が唸る音も。地面に薬莢が散らばる音も。奴らの叫び声も笑い声も。
 俺はゆっくりと目を開いた。俺たちを取り囲む半透明な球体の外は、すさまじい状況を呈していた。
 赤い羽織を着た少年少女が叫び声を上げて逃げまどっていた。逃げていない奴は俺たちに向かって発砲し続けている。だが、半透明の球体に弾かれ、四方八方へと跳躍している。コンクリートの地面を無数の弾がえぐっている。跳躍した弾は撃った本人にも向かい、腕に傷を受けた少年は機関銃を床に落として逃走する。『強襲兵団』が混乱している中を、広場に集められた少女達が一斉に逃げ出していた。それを追おうとする人間はいなかった。誰も彼も混乱していた。
 だが、音は何も聞こえなかった。トルクと俺だけに静寂が訪れていた。
「どう? オルマティロッドはすごいでしょ。シールドは音波も遮断したみたいだから、静かでいいね」
 トルクが俺を見て言う。彼女の顔は笑っていた。彼女の背後で、彼女の事を畏怖の眼差しで見ている少年がいる。少年は尻餅をつきながら、あたふたして遠くへと離れようとしている。足を怪我したのか、壊れた機械のようにぎこちない動きだった。
 トルクの顔は恐ろしかった。ただ微笑んでいるはずなのに、その微笑みの裏に何かが潜んでいるように見えた。まるで、『天使さま』が怒って人間達に天罰を下そうとしているかのように。
「さあ、行きましょう」
 トルクは俺の手を引っ張った。そこで俺は自分が握りつぶしそうな勢いで手を強くにぎっていることに気づいた。俺はぎこちなく笑って手の力を緩めた。力を緩めると、トルクの手の温かさが伝わってくる。その温かみは人間らしさの象徴のように感じた。
 テツの姿は見えなかった。テツの側に侍っていた少女は、美しい金髪を赤く染めて血まみれになって倒れている。指先が微かに動いているので生きているのだろう。

 俺たちは駅の中に入った。
 負傷した人間がいたるところに倒れていた。トルクは彼らに目をくれずにまっすぐに改札口へと向かった。俺はトルクに引っ張られるままついて行った。
 改札口はただの入り口であり、そこには駅員が立っていて、乗客の切符を切る。だが、切符を切るはずの青い制服を着た少年は改札口でぐったりとしている。手には切符きり鋏を持っていた。俺は生死を確かめようと手を伸ばしかけたが、少年に触れようとすると二人を取り囲む球体から出てしまう事が推測できた。俺は首を横に振って、断念した。
トルクは改札口を通ってホームへと向かう。側を通った駅員に一瞥もくれなかった。
 俺にはトルクという人間がわからない。
 このような状況下なのに、動揺している様子が全然見られない。横顔は笑っているようにさえ見える。青い瞳は、見たものを凍り付かせてしまうくらい冷たく見えた。
 彼女はどういう人生を歩んできたのだろうか。
 俺は超音波ナイフをしっかりと握りしめながら歩く。トルクは俺の手を引っ張ってずんずんと先へ進んでいく。ホームにできた血だまりを器用に避けていく。
 俺には想像もつかない人生を歩んできたんだろう、と俺は思った。トルク曰わく、彼女は上空三万六千キロメートルという遙かな高みから落ちてきたという。伝説の『天使さま』ではないとはいえ、その高さから落ちてきても傷一つ負わないテクノロジーを持っている。そのようなテクノロジーと共にある生活を俺は想像ができなかった。三万六千キロメートルという長さも想像できなかった。一体落ちるのにどのくらいの時間がかかるのか。
 彼女を魔法使いだと思った方が、まだ事が簡単になるのかもしれない。

 駅のホームへと入ると、そこには列車が止まっていた。緑色の車両には所々血しぶきと思われる赤い斑点が付着していた。ドアは閉じられている。列車自体には目立った損傷は見られなかった。
 トルクは俯いて、杖を持つ手を胸に当てて息を吐いた。息を吐くと、途端に吐き気がこみ上げてくる。腕で口を押さえる。首を横に振る。頭が重く、鈍痛がした。
 列車内には人は誰もいないようだった。『強襲兵団』は列車の中に突入したのではなく、乗客がホームに降りてきたのを狙って襲撃したらしい。それはトルクにとって幸運だった。死体などを載せたまま走り、列車がどこかの駅に着けば、間違いなく説明を求められるだろう。
 トルクは、目の前に広がる光景に注意を払うことはできなかった。注意を向ければ、たちまち意志の力が崩れ去ってしまうからだ。思う存分吐ければどれほど楽になるか、とトルクは思った。相手に同情してしまえば、列車に乗る機会が失われてしまうかもしれない。心をゆるめてしまえば、大声を上げて頭を抱えて、その場にうずくまってしまいそうだった。
 列車の先頭車両が見えた。運転席のドアは開いているようだった。
 トルクは隣に歩いているケシルを見た。彼はトルクの手をしっかりと握っている。強く握られすぎて痛かった。トルクも同じくらいの強さで握り返す。手が白くなる位強くにぎらないと、手が離れてしまうような気がした。
――あのまま放っておいたら、死んでしまう人もたくさんでてしまう。
 そう思うが、トルクは後ろを振り返らなかった。振り返ることができなかった。もし助けることにすれば、自分が列車に乗れなくなるかもしれない。誰かが列車を乗って去っていってしまうかもしれない。次に来る列車は明日なのか、二週間後なのか、一ヶ月後なのかもわからない。そもそも襲撃されるような駅にはもう列車は止まらないかもしれない。
私は、一刻も早く『シティ』に戻らないといけない。
 トルクはさらに強くにぎる。ケシルがトルクの方を見た。握りすぎている手に気づいたらしい。それでもトルクは強く握り続けた。
 列車の先頭に到達し、入り口のタラップに脚をかける。その時、ケシルが手を大きく引っ張った。トルクは引っ張られるまま振り返る。
「テツ」とケシルは言った。
 改札口方向にはテツと呼ばれる少年が立っていた。
 左腕を羽織り以上に赤く染めている。額からは血を流し、片方の目に流れ込んでいるように見える。赤い羽織は右腕の肩口で裂けていた。右手には四角い物体が握られている。
 トルクが構わずに列車に乗ろうとすると、ケシルは再び手を引っ張った。
「無視しない方がいいみたいだ」
 ケシルはナイフで指さしながら言う。テツは何か喋っているらしく、口を動かしている。
(オルマティロッド、音波遮断を解除して)
(了解しました)
 たちまち辺りに音が戻ってきた。
 列車の下方からはくぐもったエンジン音が聞こえる。改札口の向こうの方向からは、「大丈夫か」「助けてくれ」というような声が聞こえてきている。
 そのような様々な不規則な音が入り交じった音波の背景の中に、規則正しい音があった。それはテツという少年が持つ物体から聞こえる。カチッ、カチッという音だ。
「――ケシル、底の女。何をしたのかは知らんが、俺の『強襲兵団』にこんなことをして、そのまま逃げ帰れると思ってんのか」
 少年は右腕を挙げ、物体を掲げた。少しふらふらとしている。
「おまえらに逃げられるくらいなら、この列車ごと爆破してやるっ」
 トルクはタラップにかけた足をはずし、ホームに降り立った。
(オルマティロッド、あの爆弾の威力を推定できる?)
(爆発しなければ正確な威力は測れませんが、大きさと表面的材料からの推測によれば、シールド機構に損傷を与える威力はありません)
 テツは振りかぶった。片足で立った少年の膝は震えている。
(列車全体を守れるくらいにシールドを拡大した場合は?)
(この規模の構造物を包み込むシールドを展開した場合、ポテンシャル面の拡大によって耐久力が低下します。あの爆弾がシールド機構に致命的な損害を与えることは可能です)
 トルクは杖を横に持った。
(じゃあ、どうすればいいの?)
(このオルマティロッドには、周囲状況を評価できる人工知能は搭載されていません)
 トルクは額の汗を拭って考える。
身を守ろうとすれば列車が破壊される。列車を守ろうとすれば身すらも守れない。
 爆弾が少年の手から離れた。
 ゆっくりと回転しながらこちらへと向かってくる。空中の見えない大きな放物線の頂点を通り、落下してくる。爆弾は黒いシルエットを空に描いていた。
 テツはトルク達の方を見て黒い歯を見せて笑っている。
「ごめんっ。列車までは守れないよ」
 トルクはケシルに向かって叫んだ。
 ケシルは手に持っていたナイフを列車の入り口へと投げ入れた。そして手を伸ばしてトルクのオルマティロッドを掴む。
「列車は、ということは、俺らの身は守れるんだな。なら、これ借りるぞ。俺の合図にも反応するようにこれを調節してくれ」
 トルクは大きく頷きながら、心の中で念じる。杖を管理者権限からユーザー権限へと切り替える。自分以外の命令を受け入れるようにした。
 ケシルはトルクと左手を繋いだまま、右手でオルマティロッドを縦に持った。
 爆弾はゆっくりと落ちてくる。ケシルは手を振りかぶるようにして、杖を背中に押しつけた。トルクはただケシルの左手を握りしめた。
 爆弾が彼の斜め前上方へと来たとき、ケシルは一歩踏みだし、叩いた。
 鞭のようにしなるケシルの腕。しなって繰り出された腕の、その先にある杖の先端はかなりの速度で爆弾と衝突した。トルクは次に来る閃光に備えて目をつぶった。
 だが、目に刺さるような閃光も、全てを吹き飛ばすような爆風も起こらなかった。
 ぼすんという鈍い爆発音。?
 トルクは恐る恐る目を開けてみる。爆弾が爆発したはずの空中の一点を見る。そこには何もない。その一点の向こうには晴れ上がった空があるだけだ。
 トルクはテツを見る。何が起こったのかわからない、といった顔でテツは口をあんぐり開けて突っ立っている。
左手がケシルに引っ張られた。ケシルはタラップを駆け上がってすでに列車内にいた。つんのめりそうになりながら、トルクは列車へと入り込んだ。入りながら、空いている片手でドアを掴み、思いっきり閉めた。
 ケシルの手は汗でぬるぬるとしていた。彼は手を離した。
 ケシルは左側にある運転室に座っている。彼が手元にあるレバーを前へ押し倒すと、列車全体の振動がはっきりとした。後ろへ引きつけられるような衝撃を伴って、列車はうなり声を上げて動き出した。
 トルクは乗客室に飛び込み、窓から外を見た。乗り込んでこようとする人間はいない。テツが未だに口を開けて突っ立っているのが見えた。
列車の速度が上がらないところまで上がると、ケシルはレバーを少し引いた。トルクはその様子を隣の席で眺めていた。
 レバーと計器類から察するに、それは旧式だった。トルクの知る電磁ホバーリング方式の列車とは運転席が全く異なっていた。トルクの目の前にあるのはアナログ式の計器ばかりだった。丸い形をして黒い針を持つ速度計、不必要なくらい大きなレバー、窓際にはダイヤグラムが描かれた紙が貼り付けられている。電磁式だと殆どがコンピュータ制御で、運転手は発進の合図だけを行えばいい。デジタルの速度計と情報ウィンドウがだけが運転席に備え付けられている。
「一体、何をしたの?」
 トルクは運転席で背伸びをしているケシルに話しかけた。
「何をって、何がだ?」
 ケシルは線路の先を見つめながらあくびをした。
「さっきの爆弾の件、どうやって爆発を防いだの?」
 トルクも、ケシルと同じように線路の先を見た。ただ真っ直ぐに二本のレールが続いている。線路は地平線の向こうまで続き、遠近法的に一点に収束していた。その一点では、空と地面と線路が混じり合っている。
 どこにも送電線が見あたらない。線路の両脇には、ただ平らな青い大地が広がっている。草はあまりにも一様で、列車の速度がどのくらいなのかを見当付けられなかった。列車は電車ですらなく、何か燃料で動いているらしかった。
 トルクはケシルを見る。ケシルもトルクを見ていた。
「爆弾の件か。君と俺が手を繋いでいると、俺もシールドとやらに包まれているだろ。あれの応用」
「どんな応用?」
 トルクは即座に聞き返した。ケシルの顔がゆるみ、彼は笑い出した。それはトルクにナイフを突きつけて、そのあとに「冗談だ」と言ったときと同じような表情だった。
「へー、君にもわからないことがあるんだ」
 目元が笑っている。
「わからないことがない人間なんて、どこにもいないでしょ」
 トルクが憤然として言い返すと、ケシルはさらに笑みを広げた。
「やっぱり、君は『天使さま』じゃないんだな。『天使さま』ならこんな応用、考えついて当たり前だから」
「笑ってないで教えてよ」
 トルクはケシルの目の前にあるレバーを一番下に押し下げた。列車は車輪から軋み音を出し、二人とも前に引っ張られた。ケシルはトルクの手を掴み、レバーを元の位置に戻した。顔は笑っている。
 そう言いながら、ケシルはトルクの持つオルマティロッドの先端に手を触れた。トルクは杖を斜めに立てかけていた。
「杖と爆弾が衝突する瞬間、杖を爆弾は接触するだろ? その一瞬を狙って、爆弾にもシールドを展開したんだ。シールドに閉じこめられた爆弾は、たとえそこでそのまま爆発したとしても――」
「爆発は内側へ閉じこめられるのね」
トルクは頭を抱えた。なんと簡単な事だったのだろう。誰だって考えつく事だった。守りたいものが守れないなら、爆弾そのものを守ってやればいい。守るということは遮断するという事なのだから。シールドの外側を内側に反転して展開して爆弾を包み込めば、ハーフミラー的性格を持つシールドをうまく利用している事になる。
 トルクは顔を上げてケシルを見た。ケシルはにこにこと笑っている。トルクはこの方法の難点を発見した。
 これの難点は、接触するタイミングに合わせてシールドを展開しなければならない。早すぎれば接触しておらずシールドは展開できず、遅すぎれば爆風を封じ込めることができない。
「あの打撃フォームはなんだったの?」
 肘を曲げ、上から下に向かって、腕と背骨を一致させるように縦に持ち、肩、肘、手首の順に曲げていきながら、頭上を通して打撃したフォーム。それが各運動量保存則に則った、理にかなったフォームであることは間違いなかった。
 あれのおかげでタイミングが揃った、とトルクは思った。
 ケシルは鼻を擦る。計器の上に肘を載せてトルクの方を向いた。
「あれは球技のフォームだ。大昔、『大厄災』の前の時代のスポーツだ。知らなくても無理はない。俺は親父から護身術として習ったんだ」
 そう言いながら、ケシルは片腕を挙げて振った。トルクの目の前でケシルの腕がしなった。
「飛んでくるものを上空で打ち返すのに、もっとも効率的な手段だからな。昔は、柔らかい羽のついた球を打つための手段だったらしい」
 オルマティロッドのデータベース照会さえ使えれば、私にだっ
て思いついただろうに、とトルクは思った。『大厄災』前のスポーツだろうがなんだろうが、その発祥のルーツまで遡ることができるはずだった。情報のリンクを絶たれていることがこんなにも不安な事だとは、トルク自身思っていなかった。自分の記憶が正しいか確かめる手段がないというのは、非常に不安定な足場に立っているような感覚だった。
 トルクは小さく息を吐き、首を横に振った。
――後悔しても仕方がない。ケシルが思いついたのだからよしとしよう。
「ところで、あとどのくらいしたら、目的にしている大きな街に着くの?」
 現在は過去から続き、未来は現在から続くと言うことをトルクは知っている。だが、過去のことを気にしすぎたところで、何の役にも立たないとトルクは思っていた。
――見つめるべきは現在と、そして続く未来だけ。過去は必要となったら振り返ればいい。くよくよしても始まらない。
 トルクはそういう思考の持ち主だった。
 ケシルが運転席を立った。トルクの横をすり抜け、運転室から乗客室へと続くドアに手をかける。ドアを横にスライドさせ、そのまま乗客室へと消えた。
「ちょっと、どこへいくの。運転しなくてもいいの?」
トルクが乗客室をのぞき込むと、ケシルは車両の向かい合わせの赤い長いすに寝転がっていた。足を組んで仰向けに寝転がっている。
「街へ着くまで二〇時間近くかかるから、俺は寝る。適当に起こしてくれ。運転は大丈夫だ。あのレバーは加速の度合いを示すもので、今は最小加速の状態にしてある。これ以上上がらないぎりぎりまで速度出てるし、このままずっと真っ直ぐだから大丈夫だろう」
 トルクは乗客室に入り、ケシルの前に立った。
「む、無責任じゃないの?」
「おやすみ。問題が起きたら起こしてくれ」
 ケシルは椅子の下の隙間に手を入れて、毛布のようなものを取り出した。そのままそれを顔にかける。顔を半分まで隠したところで、ケシルはトルクを見た。
「問題が起こりそうになったときに起こすなよ。あくまで問題が起きたときに起こしてくれ」
 そしてケシルは毛布を頭までかぶった。
 トルクの耳に、足の下の音が聞こえ始めた。一定間隔でがたんごとんという音が鳴っていた。レールの継ぎ目を車輪が走る音だろうとトルクは推測した。トルクには馴染みのない音だった。『シティ』の移動手段である電磁ホバーリング方式の列車は金属のレールを使わずに、車体を浮き上がらせて走る。
 トルクは床に手を当てた。心地よい振動が腕に伝わってくる。
 乗客室自体も、ワインレッドを基調とした落ち着いた配色で、いるだけで心が和むような感じだった。
「これで余計な音がなかったらいいのに」
 そう言いながらトルクはケシルを見る。ケシルの毛布はすでに上下を始めている。
 このまま乗客室にいても仕方がないので、トルクは運転室へと戻って景色を眺めて過ごすことにした。
 彼はすでにいびきをたてていた。


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創作時期 July 2001 改稿時期 April 2003

これは工房長co_metのオリジナルです。この作品の無断転載を禁じます。