一、空から降ってきた少女?
| 今夜の空気は冷たく透き通り、草原をどこまでも見渡すことができた。 ――最近にしては珍しい夜だ。 ケシルはそう思った。 外敵侵入の時に音の鳴る、ひもと木と空き缶が結びつけられた手作りの仕掛けを周りに張り巡らせて、ケシルは草むらの上の白いシートの上に寝ころんだ。 ――今日は『強襲兵団』が略奪に来る怖れはない。彼らは今頃一〇〇キロ以上離れたところにいるはずだ。こんな夜はテントの中ではなく、草むらにシートでも敷いて星を見ながら寝るのがいい。 空には、こぼれ落ちてきそうな程星が張り付いている。 ――『強襲兵団』なんて大層な名前を付けている割に人数は十人程度しかいないって、それって『兵団』じゃないよな。どちらかといえば『強奪集団』のような感じがする。 星々は次々に瞬く。まるで瞬く順番を待っているかのようだとケシルは思った。 「星々にも寿命があるのだろうか。俺ももう十七。よくこの地で十七年も生きてこられたもんだ」 口を開くと、冷たい風が控えめに口の中を撫でた。 煌めく星々は、天の人間がひっくり返したおもちゃ箱のように無秩序に光っているようにも見えた。一つ一つが太陽と同じくらいの大きさを持って光っていることが、ケシルには信じられなかった。信じられなくても、それが事実であることは知っていた。 ――星はいいよな。寿命のことなんか考えなくて良さそうで。俺らなんて、みんな十八年しか生きられないんだ。いやでも寿命のことを考えちまう。 「何億年も生きるというのは、どういう気持ちなんだろう」 流れ星が星の間を駆け抜けた。うっすらと輝線を残し、はかなく消えていく。 ――ずっと生きるっていうのもいいけど、あの流れ星みたいに、一瞬でもいいから強く輝いて散るのも悪くないよな。 「それに比べて俺の人生なんて……」 ケシルはごろんと横になり、赤茶けたテントを眺めた。テントは所々穴が空いている。黒い飯ごうは蓋が開いたまま地面に転がっている。 ――毎日を生き抜くことに精一杯で、良くたって人並み、としか言えない人生だった。『強襲兵団』に入る奴らの気持ちも分かる気がする。 再び上を向く。幾千億の星の輝きに向かって、ケシルは両手を伸ばした。空は星の重みで落ちてきそうに見えた。 手にひんやりと夜風が当たっている。 また一つ、流れ星が見えた。流れ星はケシルの両手の間をすり抜けるように落ちた。 ――彼らのように、死を意味する一八才の誕生日を迎える前に暴れて、自分の存在を強くアピールして死んでいくという生き方も、一つの選択肢かもしれない。 「俺にはまねできないけれど」 そう言って、ケシルは笑った。両手を握ったり開いたりした。 「ふう。今日に限って、何で俺はこんなことを考えちまうんだろう」 三つ目の流れ星が天の高いところから流れ始めようとしているのが見えた。 ――流れ星はいいよな。黙ってたって強く光り輝けるのだから。 流れ星はだんだんと速度を上げて光り輝きだした。空の傷痕のようなはっきりとした輝線が描かれていく。 ケシルには、心なしかこちらへ向かっているように見えた。 燃え尽きる気配はなく、徐々に光が強くなっていくように見える。 いっこうに消えそうに見えない。 「マジか? こっちへ来てるし!」 空気が騒ぎ出していた。空の高いところから風のうなりが聞こえてくる。鳥たちが一斉に飛び立っていった。ケシルは立ち上がり、走りだした。シートもテントもそのままにして、離れられるだけ離れようとした。 流れ星はケシルを追いかけてきているように見えた。 稀に流れ星が燃え尽きないで地上に落ちてくることがあるということをケシルは知っていた。大きさによっては半径一〇〇メートルのクレーターを作ることもあるという事も知っていた。 ――まさか、寿命ではなくて流れ星で死ぬことになるなんて。 「百メートルも逃げられねえっ」 空気が咆吼し、背中を暖かい風が撫で上げる。ケシルの目の前には身を隠せそうな地面の窪みがあった。足がちぎれそうなくらい大股に走り、ケシルは跳躍した。 頭から飛び込み、足までが完全に隠れた時と、衝突の瞬間は同時だった。 ――頭が、痛い。 後頭部がハウリングしているようだった。ケシルの中で二つの音叉が鳴り響いている。目を開いても、何も見えない。空気は湿り気を帯びている。 しばらくの試行錯誤のあと、ケシルはやっと窪みから手を出した。窪みの縁に手をかけて月明かりのもとに出る。半月の光が草原を照らしつけていた。 ケシルは辺りを見回した。微かに風に揺れる草むらが、地平線の彼方までどこまでも続いている。自分のテントがある方向を見たが、地面はなだらかに隆起している為にテントの様子は見られなかった。 「……この辺りは、別に何にも起こってないようだな」 ケシルは軽く屈伸して、肩と首を回しながら自分のテントの方へと歩き始めた。 テントの所へ戻ってきたケシルを待ち受けていたのは、『大惨事』だった。 三角屋根のキャンプ用テントは無茶苦茶にひしゃげ、骨組みが所々テントを突き破っている。ケシルにはそれが、何かにぶつかって炎上した巨大な動物の焼死体に見えた。融解して曲がった支柱は骨、テントの生地は焼けこげた皮だった。だが、肉の焼けた匂いはせず、プラスチックやポリエチレンが溶けて発する危険そうな匂いがしている。 ケシルは鼻を押さえながらテントだったものに近寄った。 ケシルは、同心円上に草が焦げている事から判断して、爆心地はテントそのものだと考えた。クレーターはできておらず、半径五メートルほどの地面がむき出しになっている。 シートが合った場所には、黒く薄っぺらいものがある。ケシルがそれをめくり上げると、完全に地面と離れる前に数多の塵となった。ゆっくりと凪いでいる風が塵を運び、シートは跡形もなくなる。 ケシルは口を半開きにしてただ立ちつくした。 ――俺の全財産が……。 十秒ほど放心したあと、ケシルは自分の頬を両手で叩いた。心地よい痛みがケシルを現実に引き戻した。積み上げてきたものが崩れ去る事なんてよくあることだ、とケシルは自分に言い聞かせた。 ――いちいち悲観していたら生きていけない。 黒い飯ごうは熱を受けてもまったく変わっておらず、そのままの状態で地面に転がっていた。ケシルは飯ごうを拾い上げて、焼けこげていない地面に向かって投げた。 飯ごう以外に原型を留めているものがあるとは思われなかった。それでもケシルは一つ一つまだ使えないか確かめた。膝を付いてしゃがみ、手を煤だらけにしながら、注意深く探し続けた。 テントから二メートルほど離れた真っ黒に焦げた地面の上で、何かが反射したのが見えた。ケシルはふらふらと立ち上がってその場所へと駆け寄った。 細長い棒状のものが落ちていた。草の燃えかすに絡まって真っ黒だった。ケシルは拾い上げて煤を払った。見た目な金属だというのに、それはスポンジのように軽かった。 長さは二メートルくらい。黄色い金属の光沢があり、先端にはラグビーボールのような形のものがついている。そのラグビーボールには矢印が巻き付いている。ケシルにはそのデザインの意味が分からなかった。 ――杖? それとも、ほうきなのか? ケシルは両手で物体を持って、振り回した。煤があちこちに飛ぶ。 ――俺はこんなものを持った覚えはない。俺のじゃないということは、まさか、これが流れ星の正体? がさがさ。 ケシルは振り回すのをやめた。何かが擦れる音が背後から聞こえた。静かに息を吐いて、耳を澄ます。 ごそごそ。 ケシルは音の出所を特定して言葉を失った。その音はテントの残骸から聞こえてくる。皮と骨になっているはずの残骸が微かに動いている。ケシルは背筋が凍り付いた。 棒状物体を武器代わりに槍のように構えて、ケシルはテントへと歩み寄った。 そっと、テントの皮をかぶって動いている『何か』をつつく。皮はふにゃりとへこんだ。ケシルは想像以上の柔らかさに驚き、棒を放り投げて後ろに飛び退いた。棒は回転しながら放物線を描き、その『何か』にぶつかる。 物体の動きがやむ。 額の汗を拭い、ケシルは再び前に進んだ。今度は素手で物体をつつく。 「……ん」 うめき声が聞こえ、ケシルはまた後じさる。足下で乾ききった草の残骸が爆ぜた。胸に手を当て呼吸を落ち着かせて、目をつぶる。頭の中で三秒数えてから目を開ける。 ゆっくりと音を立てないように近づいた。服がこすれないようにそっと腕を伸ばし、物体にかかっているテントの皮の端を掴み、取り除いた。 そこには、青い髪の少女がいた。 身体中煤だらけで、服は白と黒の斑点模様になっている。膝を抱えるようにうずくまっている為に、ケシルからは顔は見えない。 ケシルが顔を確認しようとのぞき込むと、少女はゆっくりと目を開けた。ケシルが今まで見たことのない淡い青色の瞳がケシルを見据えた。ケシルはその瞳に魅入られ、身体を動かすことができなかった。 「どうやら、フィールドは頑丈だったようね」 殆ど聞き取れない小さな声でそう一言だけ呟くと、瞳はまぶたに隠された。 |
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