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「ふう」 男は、見渡す限り緑一色の、広大な大平原に仰向けに寝転がっていた。 頬を軽くなでる風は、かすかに甘い花の香りを運んで心地良い。暑くはなり過ぎないくらいの、そして、不快にはなり過ぎないくらいの、絶妙な強さの太陽光線が、辺り一面を照らしつけている。 一枚の絵画のような光景が広がり、周りすべての生き物が生の喜びにうち震えている中、男だけが顔をしかめ、不満足そうな顔をしている。 男は手近の草をむしり取り、自分の顔に近付けた。香しいにおいが辺りにただよう。 「もう、飽きた」 男のその一言で、男の周りに霧が立ち篭め、景色とにおいをかき消した。 「海にしてくれ」 霧が四散した。 あたりには、先ほどとはまったく違う種類の心地良さの、潮の香りが立ち篭めはじめた。 男は真夏の太陽の照りつける砂浜に仰向けに寝転がっていた。 潮の香りと、寄せては返す波の音。 男の鼻と耳に、大自然の営みが感じられた。 「もう少し、暖かくしてくれ」 男の一言で、太陽光線の強度が、一割ほど強くなった。 男は満足して目を瞑る。 「便利な世の中になったものだ。視覚、聴覚だけでなく、触覚、嗅覚、さらには味覚までもシミュレートできるのだから。わざわざどこか遠くへ出かけなくても、家に居ながらにして注文通りの世界にいけるのだから。仕事の疲れを癒すのに絶好の世界に」 太陽の日射しは強くなり続けていた。海面で反射している光が眩しい。 「おっと、止めろと言うのを忘れていた。暑すぎる戻せ」 太陽光線が弱まりはじめた。太陽は雲に隠れ、空はどす黒い。男の周りを、身を斬るような風が吹き抜けてゆく。 「どうした?寒すぎるぞ。気温を上昇させるんだ」 「すみませんが、この世界の気温は、あなた様が快適とされている、最適の気温を保っています。あなたの嗜好は変化したのですか?」 どこからかわからない、空間全体から直接語りかけているような声が聞こえた。声に回すほどの予算がなかったので、声の質は無機的で、指向性がなかった。男はため息を一つついた。 「景色をかえろ。いくら気温が暖かくなったからって、この風では、体感温度は低いぞ」 男の周りに霧が立ち篭める。 「砂漠のオアシス」 男の一言で、霧が一瞬で四散する。 男は、一本の南国風の椰子の木の下に、仰向けに寝転がっていた。頭上高くにある太陽は、椰子の葉から直線上に漏れ、うっすらとしている。視線の先には、たっぷりと水をたたえた池が広がり、後ろを振り向くと、空気さえも茹だるような熱気があふれる砂漠が広がっている。 椰子の木の下の日陰は、ひんやりと冷たかった。男は立ち上がった。 「重力を六分の一にしてくれ」 男は、体全体が軽くなるのを感じてから、スキップをするような低重力特有の歩き方で、池へ向かった。男は、飛び上がると、大きな緩やかな放物線を描き、池の中へ突入した。突入する瞬間に、コンピュータは男が泳ぎたいのだと判断し、水着へと着替えさせた。 男は30分ほど泳いでから陸へ上がった。 「乾燥」 男の肌についた水滴が、通常世界では信じられないくらいのスピードで消え去った。 「少し寒いな」 男は、砂漠の方へ裸足でかけていった。見ているだけで暑くなりそうな砂丘を駆け上がり、頂上で立ち止まった。 「暑くないぞ。むしろ寒いくらいだ。どうした?景色と感覚がずれているぞ」 「そんなことはありません」 「いや、寒い。照りつける太陽、遠くに見える蜃気楼、なのに、足からは砂の暑さが伝わってこない。最大にしろ」 「では、気温を上げてみます」 足下の砂が融け、溶岩となって流れはじめた。太陽は天球の三分の一を占めている。 「暑くないぞ。寒い。寒い。コンピュータ、なんとかしろ」 「最大です」 . 「こいつ、何やっていたんです?」 防寒着に身を包んだ新米警察官が先輩に聞く。あたりは冷えきっていた。 「仮想現実に入り浸っていたんだよ」 新米は凍り付いた死者のよこたわる機械の設定に目をやった。 「窓が開けっ放しで寒気が入って来ていたのに、南国気分だったんですね」 . |