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消えゆくもの、伝えられないもの

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 暗い店内。
 いつものように老店主はシャッターに手をかけた。年老いて弱った足腰では一仕事だった。
 腕に力を込め、一気に上へ引き上げる。
 大きな金属の擦れる音とともに、太陽の光が薄暗かった店内を明るく照らし出す。光に反射して店内の埃がよく見える。
 老店主は、店の奥にある会計のところに座り、読みかけていたすでに茶色く黄ばんでしまっている『車輪の下』を読み始めた。
 全くいつもと変わらない光景。四十年間ずっと変わらない店内。
 外の世界がどのように急速に変容してしまっても、この店だけは変わることがない。
 そう老店主は思いたかった。
 だが現実は厳しかった。
 インターネットの爆発的普及から五十年、デジタル化の波は出版業界に多大な影響を与えた。
 老店主が子供の頃、ほんの小さなマーケットでしかなかった電子書籍は、二十年もすると活字本を駆逐し始めた。
 厚さ0,5ミリの超薄型有機デジタルディスプレイの登場が、普及のきっかけだった。『活字をみるよりも目に優しい』と謳われたそれは、折り畳むこともできかさばらず、軽く、丈夫で、安価だった。
 インターネットで本の情報を取得できるのに、誰が、重たくて情報が少ない本を持ち歩こうとするだろう。
 これが書店に与えた影響は甚大だった。わざわざ面積を使って、たいして多くもない紙の本を売る産業など、誰も見向きもしなくなった。
 つぎつぎと書店はつぶれてゆき、日本で最後まで残ったのが、この老店主の店だった。
 その最後の店も、今日で営業を終えることになった。
 昔には、開店すればすぐに漫画を立ち読みにくるガキどもが外で待っていたが、今はシャッターを開けてもだれも待っていない。老店主はなにも告知せずに、ひっそりと店を閉めることにしていた。
 老店主が本を読みふけっていると、自動ドアの開く音がした。老店主は反射的に『いらっしゃい』と言う。
 顔を上げることもしなかった。
 どうせ、興味本位で入ってくる客に決まっている。そう老店主は思っていた。
「何だよ、この店は。埃っぽくてださい」
「そうだよ、衣川。なんで俺らをこんな汚いところへつれてきたんだ?」
「汚くなんかないよ。ただちょっと埃が舞っているだけだよ」
 三人組らしい。老店主は顔を上げた。
 三人のうち一人は見覚えがあった。
 ちょっとおどおどとした感じの、一番背の小さい少年。毎日のようにここへきては、なにも買わずに、長時間立ち読みをしている少年で、ほとんど来客がいない最近、自然と顔を覚えてしまっていた。
「読んでみなよ。面白いから」少年は二人に漫画本をすすめていた。残りの二人は少年から手渡された本をぱらぱらとめくった。
「どこを押せば映像がでるんだ?」
「でないよ。ただの紙なんだから」
「じゃあ、つまんねーよ」そう言うと二人は本を本棚にしまった。
「じゃあ、こっちの本は?これは僕のお薦めの一冊だよ」
「映像がなけりゃみんなつまんないわ。衣川、おまえが『是非連れていきたいところがある』って言ったからついてきてやったけど、これなら、ゲームした方がましだぞ」
「そうだ、俺もそう思う」
「え」
「じゃあな。俺たち帰るから。おまえはそんなにここが好きなら、今日はここにいてもかまわないぞ」
 二人は少年を置いてさっさと外に出ていってしまった。
 自動ドアの音が大きく響きわたる。少年はため息をつき、さっき二人に勧めていた一冊を手にとって読み始めた。
 老店主は本を脇に置き、立ち上がって少年の方へ向かった。少年は立ち読みに集中していて、老店主が隣に立っていることに気がついていない。
「本、好きなのか?」
「え、あ、すいません」
 少年はあわてて本を本棚に戻そうとした。老店主はその手を押さえた。少年の顔がはっとなる。
「今日で店じまいなんだ。本棚に戻さなくていい。いつも来てくれているんだ。あげるよ」
「え?あ、ありがとうございます。けど、僕は一冊も買っていません。いいんですか」
「それがどうした?最後のお客なんだ。気にしなくていい。それよりも聞きたい。ほかにもいろいろな娯楽があるのに、なんでこんなところに毎日くるのだい?」
 少年は老店主に向かって微笑み、両手を広げた。
「匂いです。この匂いが好きなんです。今の電子本には本の匂いがないんです」
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創作日 2/27/2001
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