| 『ここで試合終了の笛がぁ!! 1−0。ナカタジャパン、三二年ぶりの予選通過ならず! 2034ロシアワールドカップへの切符を手にすることはできませんでした……』 やかましい実況の声が消える。 俺は無意識のうちに、有機ELディスプレーテレビを二つに折りたたんでいた。折りたたまれたテレビは、すでに音も光も発してはいない。 ため息をつきながら、俺はソファに深く腰掛ける。ディスプレーをテーブルにそっと投げる。部屋中に埃が舞い、俺は咽せこんだ。 両手で顔を覆い、ゆっくりと息を吐く。 「また負けたか……」 言葉は俺の中にむなしさを残して、静寂の中に消えていった。 フランスワールドカップの次、ドイツワールドカップから予選を通過できていない。今回、40で引退しレッジーナの監督をしていたナカタを迎え、ナカタジャパンとして生まれ変わったはずだったのに。弱小阪神でさえ20年ごとに優勝しているというのに、なぜ日本サッカーは予選を通過できないんだ。 俺はテーブルに足を伸ばし、指先でテレビを掴んだ。親指と人差し指をひねり、二つに開く。光と音があふれ出す。 あふれてきたのは銃声と茶色い映像だった。韓国サポーターの大歓声ではなかった。すでにサッカーの中継は終わったらしい。俺はほっと息をつく。 テレビを手で掴み、膝の上に載せる。 瓦礫の山の前で立ちつくす人。額から血を流したまま泣き叫ぶ人。救助隊に抱きかかえられてぐったりとしている少年。白い布がかぶせられた担架。 画面が切り替わる。 茶色い大地を蹂躙する戦車。自動車並みのスピードで匍匐前進する機工歩兵。機工歩兵が肩から放つ対空ミサイル。ミサイルは煙を空に残しながら遠くへと消えた。 『今日の死者数』というテロップが画面下に表示されている。俺が見ていると、『枢軸国』のカウントが1増えた。 もう何十年になるのだろうか。テロ殲滅という名の戦争は、未だに終わっていない。枢軸国も蹂躙国も、多数の死者を出しながらも戦争を終結させることができない。 俺は興味がなかった。 毎日何処かで人は死んでいる。戦争で死のうが、病気で死のうが、あまり変わらない。俺の周りの人たちが生きていればそれでいい。日本が平和であればそれでいい。 画面が切り替わる。 古めかしい白い建物の前に、さまざまな人間がプラカードを持って叫んでいる。最近マスコミに『蹂躙国」と呼ばれる国の大統領官邸であることは、世間に疎い俺にでもわかった。 俺はテーブルの上にあったハンバーガーを手に取る。口に入れる時、ケチャップがディスプレイの上に飛んだ。再びおれはため息をつき、ケチャップの下で展開されている映像を眺めた。 映像の中でも、ケチャップを投げている人間がいた。それは白い建物には到達せずに、手前の芝生で中身をぶちまけた。さまざまな物が空を飛び交っている。ビン、缶はもちろんのこと、十字架やざぶとんまでも飛んでいる。どうやら国籍人種問わずさまざまな人間がいるらしい。大統領をかたどったプラカードに火を付け燃やしている連中もいる。 最近、蹂躙国の大統領は孤立しているらしい。マスメディア、世論、議会は大統領の蹂躙政策を非難している。同盟国も国連も、大統領の戦争遂行意志を徹底的に否定している。どこかの国の市長は、大統領の事をうっかり人類の敵と呼び、大統領に謝罪していた。世界中が、俺のまわりの友人連中ですら、大統領を非難している。 全員が枢軸国を応援しているのだ。テロを行っているのは枢軸国だというのに。 画面が切り替わり、大統領の顔が大写しになる。大統領の白髪が心なしか増えているような気がする。やはり心労なのだろうか。字幕が下に流れた。 『テロリズムは人類の敵であり、抹殺しなければならない。協力する存在は個人であれ国家であれ、断固とした処置を行う。真の平和はテロリズムが絶えた後に存在するのだ』 大統領が演説を終えた瞬間、声が飛ぶ。言葉はもちろん俺にはわからないが、声の調子から罵声だと言うことがはっきりとわかった。 「可哀想だな……」 ティッシュでケチャップを拭き取る。俺は大統領の気持ちがわかるような気がした。きっと、ソウルのスタジアムで罵声を浴びられた日本チームのようなものなのだろう。いや、それよりも辛いはずだ。日本チームには俺のようにテレビで応援している人間がいる。だが、大統領を応援している人間はきっと誰もいない。 たしか、この前の新聞の世論調査では、枢軸国支持が99パーセントだった。 意味がわからない。これはおかしいような気がする。双方に言い分があり、人間は多様なのだから、大統領を支持する人間がいたっていいはずだ。 膝の上のテレビの両端を掴む。画面上のキャスターの顔が歪んだ。ゆっくりとディスプレイを折りたたむ。 音と光がまた消える。 「しょうがない、応援してやるかっ」 誰からも応援されないのは、きっと辛いだろう。 ちょうと、ワールドカップ予選も終わってしまったし、応援するチームが無くなってしまったし。 その時、背後でドアの開く音がした。 俺は後ろを振り返った。振り返りながらなぜ防犯装置が作動しなかったのか訝しむ。俺が許可しない人間は部屋に入れないはずなのだ。 「誰だよどうやって入っ――」 最後まで言えなかった。 サングラスをかけた黒いスーツ姿の男が二人。驚きで俺は息を止めてしまっていた。二人の手には銃が握られているではないか。映画でしか見たことがない黒光りする銃口が俺を狙っている。 「もし本当に大統領を応援するのなら、残念ながら国連特別法に基づき、人権が剥奪される」 どちらが言ったかわからない。ただ俺への言葉であることは間違いなさそうだった。 理不尽だ。 「なぜ、応援しては、いけないん、だ?」 俺は振り絞るように声を出す。 「日本人の三〇人に一人は、ある種類の超能力を持っている。おまえは一級の超能力者だ。危険きわまりない」 意味がわからなかった。夢だと思った。ハンバーガーのソースが指を伝って下へこぼれ落ちていた。 「超能力なんて、非科学的な物なんて無い――ひぃっ」 男が一歩前へ踏み出した。俺はソファから転げ落ちた。テーブルに腰をしたたかにぶつける。だが痛みは感じない。 「思い当たるふしはあるだろうが」 銃口が、俺の額に押しつけられる。氷よりも冷たい。 「おまえが応援したら、そのチームは負けるんだよ」 |