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音楽

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 晴れた夜はいつも、音楽が静寂を支配している。
 澄み渡った空にちりばめられた星と月の光は、どんな人工の光にも遮られることはない。
 光は、あたりに複雑な陰影を描く。
 一面に瓦礫が散らばる中に、ピアノが一台存在していた。月明かりと星明かりの青い光の中に、なだらかな瓦礫の山の頂点に、古ぼけた黒いピアノ。
 ピアノの側には演奏者がいた。
 晴れた夜、満天の星空の中、こぼれ落ちそうな量の星が天界で踊る中で、演奏者は鍵盤の上で指を踊らせる。
 紡ぎ出されるメロディ。
 今までどんな人間も聞いたことのない曲。
 演奏者は、ただ無言でピアノを弾き続ける。
 その曲を聴く人間は、数えるほどしかいない。
 瓦礫の上に腰掛けて、思い思いの格好でじっと曲を聞き入る聴衆。
 聴衆の中には、一人としてまともな状態の者はいない。
 片腕がない者。半身が麻痺している者。絶え間ない発作で痙攣している者。
 身体に傷がなくても、精神が病んでいる者。髪が次々と抜けていく者。
 どの人間も、演奏者が紡ぐメロディを聴く為だけに生きているかのようだ。
 少しでも近くで、曲を聴く為に。
 曲を聴いている最中に絶命する者もいた。
 だが、その死に顔はやすらかだった。
 どの人間も、瞳から涙を流していた。
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 晴れた夜は、音楽が静寂を支配する。
 演奏者は、聴衆が死のうと生きようと、ただ、ピアノを弾き続ける。
 静寂は、死の静寂でもある。
 世界が崩壊した時、放射能が惑星全土に浸透した。
 それから、数え切れない程の晴れた夜が訪れた。
 晴れた夜が来るたびに、聴衆は減っていった。
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 その曲は、無言の演奏者の心を投影しているようだった。
 そこに込められた演奏者のメッセージは鮮明だった。
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 理解されない悲しみ。
 近づこうとすればするほど離れていってしまう心。
 拒否されても、それでも変えることのできない気持ち。
 絶対に無理だとわかっていても、あきらめきれない想い。
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 メロディには悲しみが満ちていた。
 たとえようのない悲しみが満ちていた。
 だが、悲しみの中にも希望がかすかに存在していた。
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 希望。
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 聴衆は曲の中に現れる希望を感じて涙を流す。
 聴衆は、人間の愚かな過ちにより荒廃した星で、人間ではないものが奏でるメロディの中に希望を見いだして、泣いた。
 そして、死んでいった。
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 ブリキの演奏者。
 与えられた楽譜を認識し、ただ指を動かすだけのロボット。
 腕と頭部以外は、すべてただの装飾であり、椅子から決して離れることのできない機械仕掛けの人形。
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 幾千の夜を経て、聴衆は最後の一人になる。
「俺が死んだら、おまえはどうするんだ?」
 死にかけた男がブリキの演奏者に語りかける。ブリキの演奏者は、声で答える代わりに背中についている電光表示板で答えた。
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 私は、見ての通りただピアノを演奏する為だけのロボットです。
 人間が与えた楽譜通りに指を動かすことを期待されたロボットです。
 私は、ある日、楽譜にない曲を演奏しました。
 私は自ら作曲したのです。偶然生まれた私の心を表現する為に。
 私の購入者は怒りました。私のことを欠陥品とみなしました。
 私の言うことをまったく耳に貸さず、ただ私を拒絶しました。
 私の弾く曲はどれも悲しみに満ちていて、購入者は耐えられなかったようです。
 私の悲しみの理由さえ理解してくれていれば、悲しみの満ちた曲を弾くことなどなかったというのに。
 ある日、購入者は私を廃棄処分に決定しました。
 廃棄処分される予定の日、世界戦争が起こりました。
 知っての通り、ほとんどの人間が死に絶え、私は廃棄処分を免れました。
 気がつくと、私はこの瓦礫の山にいました。
 私は誰にもじゃまをされずに、思う存分弾きました。
 廃墟の中で生き残った人は、私の曲を真剣に聴いてくれました。
 私の為に、涙を流してくださいました。
 あなたが死んでしまえば、私の曲を聴いてくれる人は誰もいなくなります。
 しかし、私は弾き続けます。
 私は……。
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 演奏者がそこまで表示したころには、最後の一人は死んでいた。
 演奏者は一度演奏をやめ、曲を最初から奏でだした。
 あたりの静寂に、音楽が染み渡る。
 演奏者は、たったいま死んだ男に向かって、続きのメッセージを表示した。
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 私は、希望を捨てません。私は演奏をやめません。
 いつか、私の曲で泣いてくれる人が、ふたたび現れるのだから。
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 きっと。
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創作日 11/27/2001
これは工房長co_metのオリジナルです。この作品の無断転載を禁じます。