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. 僕の目の前には、紫の座席がある。 十年の研究の成果だ。 映画館によくあるような椅子に見えるが、この椅子はタイムマシンだ。 アームレストの先端にはレバーがあり、それを引いたり押したりすることで僕は望む時間へと移動することができる。 僕は椅子に座り、レバーを『未来』の方向へ倒した。 今から十年後の僕を見る為に。 椅子が振動する。現在時空のマトリックスから僕は飛び出す。僕の部屋の窓から見える太陽がすばやく動きだし、昼夜は光の点滅になり、やがて明と暗は混ざり合って灰色になった。 よく、タイムマシンが本当にあるなら、過去に行きたいというひとたちがいる。 過去に行って、祖父殺しのパラドックス等の因果律の矛盾を実際に試すとどうなるのか、と考えるそうだ。 過去に行く方がやることがたくさんあって、やるとどうなるのか興味深いことがたくさんある、とそのひとたちは言う。 時間さえ経てば行ける未来よりも、普通には行けない過去のほうが、いいと言う。 僕はそう思わない。 灰色の空が再び光の点滅になる。光の点滅はゆるやかになり、やがて太陽と月の追いかけっこになる。 過去に行ったって、何も楽しくない。もう終わってしまった世界に行っても無駄だ。僕がすでに経験している世界に行ってなんになるのか。 僕は経験したことのない世界を見たい。 僕は未来の僕に会いたい。 椅子の振動が止まる。僕は十年後の未来へとやってきた。 . 十年後の未来は、あまり変わっていなかった。 世界情勢も、科学技術も、想像の範囲内だった。人々の生活もあまりかわらない。 僕の関心は未来の僕だけになった。 だが、未来の僕は見つからなかった。 どこを探しても、僕が行きそうな所をすべて調べても、僕は僕に会えなかった。 僕を知っている人がいなかった。僕は国民の背番号すらもらっていなかった。 僕は精根尽き果てて裏山にまでやってきた。 ここに僕はタイムマシンを隠している。 タイムマシンの座席に横に座り、ため息をついた。 「なんで、僕は僕に会えないのだろう?」 僕は静かな山の中で一人喋る。 この十年で僕は死んでしまったのだろうか。けれど、死んでいるのなら死んでいるということがわかっているはず。僕の存在がないのはどういうことだろうか。 空は晴れていた。 木々の葉の合間から青い空が見える。 突然、草がこすれる音がした。 僕は下に視線を移す。 若い男が立っていた。手には黒く光るものがにぎられている。 ――拳銃だ。 「こんにちは」 男はにこやかに挨拶した。手ににぎられている拳銃の銃口は、僕の胸を狙っている。 「あ、あなた、誰なんですか」 僕は声を震わせながら聞いた。腰を少し浮かせ、いつでもレバーを動かせるように手を移動させる。 「動くんじゃねえ。俺はこれがタイムマシンだってことを知ってるぜ。おまえが誰だか俺は知らないが、俺は未来の俺に会う為にタイムマシンを使う必要がある」 「な、なぜこれがタイムマシンだとわかるんですか。タイムマシンなんてあるわけないじゃないですか。ただの椅子ですよ、これは。僕は休んでいたんです」 「は? おまえ何言ってんだ。一年ほど前にタイムマシンが市販されたことを知らないやつなどいない。俺は写真でしか見たこと無いが、これはタイムマシンだ」 男が徐々に近づいてくる。 銃口が太陽の光を浴びて光っている。 「おまえには死んでもらう。目撃者がいるとまずいからな」 ――僕が一体何をした。 こんなことになるなんて夢にも思わなかった。僕はただ僕の未来の姿を見たかっただけなのに。僕の未来を見たらすぐ帰るはずだったのに。 男は僕の手の届かないぎりぎりの地点で立ち止まった。 銃声が響く。 ――そのとき、僕は悟った。 なぜ僕が見つからなかったのか。 . 未来の僕に会うには、今の僕が無事に現在に戻ったという事実が必要だったんだ……。 |