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あれは、冬の寒い日のことだった。 . その日、夕飯の用意をするのが面倒くさくて、俺は近くの定食屋に向かった。 その定食屋は値段の割にボリュームがあるのがウリで、貧乏学生にとっては非常にありがたい店だ。 特に、今日のような大雪でカップラーメンをきらしている時は重宝する。 俺はいつもの席に座る。夕飯の用意が面倒くさかった時はいつも来ているので、店の親父とも顔なじみだ。 「今日は、豚カツ定食を」 俺はメニューを見ずに言う。 「かしこまりました」 俺の注文を取りに来たのは、俺が見たことのない女だった。アルバイトだろうか。アルバイトが雇えるほど繁盛しているのなら、この定食屋はつぶれないだろう。 しばらく店の隅にあるテレビを見て時間をつぶした。 今はやりの素人努力系のバラエティだった。 あんなののどこがおもしろいのだろう。 . 「お待たせいたしました」 ミカン色のトレーナーを着て、その上に定食屋のエプロンをしているさっきの女がお盆を運んでくる。 どこかで見たことがあるのだろうか。 控えめな銀色な三角形。彼女がつけているピアスに見覚えがあった。 どこで見たのかは覚えていない。 俺がいろいろと思案しているうちに、目の前に揚げたての豚カツが置かれた。 とりあえず一口食べてみる。 うまい。 ころものさくさく感と、肉の適度な歯ごたえがたまらない。 だが、何か違和感がある。 豚カツに違和感があるわけではない。定食屋の雰囲気が、ほんの少しいつもと違うのだ。 アルバイトの女がいるからという訳でもない。 もっと根本的な部分で、何かがこの空間に欠けている気がする。 キャベツにソースをたっぷりとかけて、みそ汁を一気にすする。 ごはんを口にかき込みながら、俺はあたりを見回した。 発見した。 何かを見つけた訳じゃなく、いつもあるものが無いことを発見したのだ。 丸くて細長いもの。 頭にはイメージがあるというのに、そのものの名前が思い浮かばない。 たしか、俺の家にもあるはずだ。 思い出せそうで思い出せない。 頭の裏がかゆい。思い出せそうで思い出せないとき、俺は頭の裏がかゆくなる。裏というのは、頭蓋骨の内側という意味だ。 俺は、考えすぎてぼんやりとした頭のまま、勘定を済ませて定食屋をあとにした。 . 雪が際限なく降っている。 傘を差す習慣のない俺は、頭に降り積もる雪をときどき手で払わなければならなかった。 いつまでもいつまでも降り積もる雪の中で。 俺は見た。 丸くて細長いもの。それが俺の進行方向にたくさん立ちふさがっていた。 あるはずのない口が開き、動くはずのない瞳がこちらを見ていた。 大小様々な丸くて細長いものがいる。すべて定食屋においてあったやつらだろう。 頭に雪を降り積もらせたまま、やつらはこちらを見ている。 「何が目的だ!」 俺は叫んだ。 「「「「私たちは定食屋に飾られるためにこの星にいるわけではないのだ」」」」 複数が一度に喋った。 「そんなこと、俺に言ってもしょうがないだろ。定食屋の親父に言えよ」 「「「「言えたら苦労しない」」」」 そう言いながらやつらは、自分の頭をくるくると回転させていた。球と円柱で構成されている身体があちこちへとはね回っている。頭から着地したやつは雪に丸い跡をつけている。 理解に苦しむ。 こいつらは何がしたいのだろう? 「「「「おまえの身体を借りる。おまえの身体を乗っ取って、親父に勝負を挑む!!」」」」 その場にいるすべてが、球体の頭の三角形の口を大きく開けて叫んだ。叫びながら俺の方へ飛んでくる。 俺は逃げた。無我夢中で逃げた。 後ろを振り返るなんて恐ろしいことはしなかった。 俺は自分のポケットに入っているものを手当たり次第後ろへ投げた。 「「「「ぎゃあああああああ」」」」 後方で悲鳴が上がる。 俺は後ろを振り向かなかった。 俺のポケットにはマッチとライターが入っていたことだけは覚えている。 . 未だに俺はあの時のことが信じられていない。 あるはずがないことだからだ。 だが、以前は沢山壁に並んでいたこけしが、あの日以来定食屋から姿を消していることだけは事実だった。 |