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. 「サンタさんへ。むねいっぱいのしあわせな時間をください」 そのメッセージが私にとどいたのは、十二月の初めだった。 それはEメールではなく、本物の紙の手紙によるメッセージだった。 真っ白な四角い封筒の中央に、『サンタさんへ』と書いてある。 封筒の隅には、クレヨンで描いたと思われる赤い帽子をかぶったおじいさんがいた。 切手には日本の消印が押してあり、裏には、どこかで聞いたことのあるような田舎町の住所が書いてあった。 私の職業は、サンタクロースだ。 いかがわしい職業ではないことはご存じだとは思うが、誤解する輩も世の中にはいるので一応説明をしておくと、ユニセフの下位機関『サンタクロース派遣協会』の職員の事を『サンタクロース』と言う。 ユニセフの機関ということもあり、国際公務員なのだが、一般的認知度はきわめて低い。 子供の夢を運ぶのが仕事であるから、協会としては、認知度が低いのは喜ばしいことかもしれないが、やっている私たちはいらぬ誤解をされるので複雑な気分だ。 サンタクロースといわれる一般的イメージは、髭があり、恰幅が良く、やさしい顔の老人というものだ。 . 私は女だ。 私は女であるから、どの条件も満たすことができない。 その為、私は裏方の作業しかさせてもらえない。 世界中から集まってくる何万通ものメッセージを、実現可能なものとそうでないものによりわけるのが、私の所属する部署の仕事だった。 私には本物の子供たちとの交流はなく、ただ、メッセージを読むことしかできない。 自分が入る前に想像したとおりの職業だといえば嘘になる。 しかし、私は一通一通に込められた子供たちのメッセージを聞くのが大好きだった。 メッセージは文字だったり、声だったり、映像だったり、点字だったりした。 どの媒体であっても、子供たちのまっすぐ純真な願いは、私の心を癒してくれる。 この仕事を選んで正解だったと思うには、それだけで十分だ。 「この手紙の『しあわせな時間』って、実現可能かどうかがいまいち判別がつかないんですけど」 私は直属の上司に聞いた。その上司は、サンタクロースの格好をしていた。 サンタクロース条件を満たす職員は、所属する部署に問わず、時期が来たら配達をしなければいけないという義務があり、彼は今年の為の服を選んでいた。 「『しあわせな時間』?そんなもの無理だって。しあわせというのは主観的なものだから、本人がどういうものにしあわせを感じるかがわからないとどうしようもない。そしてそれがわかるのは本人だけだよ」 そう言って、上司は再び服選びを始めた。 実現可能なものには、二種類ある。 一つは、限度額以下のプレゼント。もう一つは、ヴァーチャルリアリティによる、一晩の夢のようなもの。 大抵、限度額を超えるような願いの場合には、ヴァーチャルリアリティで願いを実現させる。枕元で五感の伴うイメージを見せる。 普通に考えて、『しあわせな時間』が実現不可能の分類に入ることは私にもわかっていた。けれど、このアナクロな手紙に込められた想いは、私には何故か裏切れなかった。 「この子、女の子なんですけど、つい一ヶ月ほど前に両親兄弟ともに交通事故で亡くしているんです。本人も左足が不自由になってしまっていて、可哀想なんです」 「そんな境遇の子どもなんて、世界にはいくらでもいるさ。同情しても何も得られやしない。さっさと実現不可能に分類して、次のに取りかかれって」 「しかし、子どもの期待に応えるのが仕事じゃないですか。本当に不可能かどうか考えなければ」 「実現可能に分類したところで、その子のところへ行くサンタなんていやしないさ。初めからその子を失望させるとわかっていたら、誰も行こうとは思わない。サンタは子どもが喜ぶことをしたいのだから」 「しかし……」 「うるさいなあ。そんなにやりたきゃ、自分で行けば?じゃ、俺は衣装部屋に用があるから」 上司は衣装部屋へ消えた。 私は女だ。 私は本当のサンタクロースにはなれない。 . クリスマスイブ。 私はその子の側に立っていた。 手にプレゼントを持たずに。サンタの赤い服を着て。 薄暗い部屋、月明かりを背にした私の姿を、少女が布団にくるまりながら見ている。 「ゆうこちゃん、ごめんね。あなたの願い、サンタさんには叶えられそうにない。ずっと考えたけど、『しあわせの時間』は見つからなかったの」 「サンタ、さん?あなたはサンタさんなの?」 「今日限りのサンタだけどね。本当のサンタさんとはちょっと違うの。暗いからわからないかも知れないけれど、お髭もないし、太ってもいないし、おじいさんじゃない」 少女は首を振った。 「来てくれただけでうれしい」 「ゆうこちゃんにとっての『しあわせな時間』って、何なの?」 「お母さんに会うこと」 「それは……」 少女の両親は死んでいる。ヴァーチャルリアリティの中で母親に会わせたところで、夢が終わった後の虚しさが強まるだけだ。 「けど、そんなことできないってわかってる。無理なお願いだったの。サンタさんは悪くないよ。悪いのは私」 「………」 「私、調べたの。お母さんに会う方法。一つだけ方法があったの。サンタさんにしかできない事なの。やってほしいの。私のわがまま、聞いてくれる?」 私は本物のサンタじゃない。ここにいることすら、やってはいけないことなのに。 「なに?」 それなのに、私は少女に尋ねていた。 「それはね……」 . 私は、今、独房の中で、判決を待っている。 私はやってはいけないことをやったのだろうか? 最初で最後の、サンタとしての仕事。 少女は、私に満面の笑みで「しあわせな時間をありがとう」と言った。 私は少女に、ヴァーチャルリアリティの夢の中で、永遠の夢を見せた。 少女は今、永遠に眠っている。 神以外に、少女を起こせるものはいない。 |