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花火大会

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 夜の闇の中、月の光に照らされて、湖の上に小舟が一隻。
 湖の上に一筋の光が立ち昇る。
 光は湖の周りの山々を背景にして空高く昇っていく。
 どーん。ぱらぱらぱら。
 ぱっと円形に広がった光は柳のように落下していった。
 僕と秋山さんは湖のほとりで花火を見ていた。ほとりには四人用の椅子が一つあり、僕たちはその木でできた椅子に座っていた。
 小舟から次々に光の球が発射されるのが見える。赤や黄色、青。様々な色の光が空に踊っている。
「いやぁ、綺麗だねぇ」
 僕は秋山さんの顔を見ながら言う。うまい形容の言葉が思いつかなかった。
 秋山さんの顔に花火の光が当たり、ときどき白く光っている。秋山さんはまっすぐに花火を見ていた。
「私、こんなに綺麗なの、初めて見た」
 秋山さんがつぶやくように言う。僕は秋山さんの耳を見ていた。秋山さんのやわらかな黒い髪が風に揺られ、ときおり耳を隠している。
 どーん。ぱらぱらぱら。
 観客は僕ら以外にはいない。二人だけの花火大会。夜空に描かれる光のショーは、完全に僕たちのものだ。
 この花火は、本物ではない。
 それは二人とも知っている。
 湖、山々、月の光に照らされたベンチ。そんなものはもうどこにも無い。
 僕たちの為に花火を打ち上げてくれる人も、もちろん、いない。
 ただのヴァーチャルリアリティだ。
 目の前の光景、風の感触、音、匂い。すべて虚構だ。
 秋山さんがベンチから立ち上がる。ふんわりとした香水の匂いが香った。僕もつられて立ち上がる。
 色とりどりの光が秋山さんの横顔を照らしている。
 どーん。ぱらぱらぱら。
 虚構でない物は、一つしかない。僕はちらりと湖を眺めてから思う。
 それは、秋山さんだ。
 他はすべて虚構。僕と同じヴァーチャル空間をいま共有している秋山さんだけが、実在している。
「あの、話って、何?」
 僕は横から光を受けながら秋山さんに聞く。空の光と湖に反射した光はまぶしかった。
「えっとね……」
 どーん。ぱらぱらぱら。
 秋山さんは風に髪をなびかせながらくるりと半回転する。秋山さんは湖を背にした。僕の方へ向かって伸びた影が、花火の光を受けてさまざまな色に変化している。
 僕は秋山さんの正体を知らない。リアルとどのくらい離れているのかわからない。
 もしかしたら隣に住んでいるのかもしれないし、地球を離れつつある恒星間宇宙船の医務室で眠り続けているのかもしれない。
 性別も、不明だ。
 けれど僕は構わない。僕は秋山さんを秋山さんとして慕っている。リアルのことなど構わない。
 どーん。ぱらぱらぱら。
「この前の君への返事なんだけどね……」
 秋山さんはうつむきながら言った。両手を後ろで組み、足で下の小石をいじっている。いびつな小さな石が、裏や表になりながらこすれた音を立てていた。
 僕は深呼吸した。呼吸と共に香水が香った。空気も一緒に僕の体の中に入り、のどから肺へと冷たさが駆け抜けていく。
 ゆっくりと秋山さんは顔を上げた。暗くて表情はよくわからなかった。秋山さんは両手を伸ばし、僕の肩をつかんだ。
 瞬間的に、僕と秋山さんの位置関係が逆転する。位置の変更は仮想空間ではたやすい。秋山さんの顔には花火の光と月の光が当たっている。秋山さんは胸に両手を当てた。
「あのさ、結局ね、君への返事は――」
 どーん。ぱらぱらぱら。
 花火の音は、秋山さんの返事の語尾をかき消した。僕にはまったく聞こえなかった。にっこりと秋山さんは微笑んでいた。
 秋山さんが何を言ったのかはログを調べればわかる。この世界は全部記録されているのだから。
 けれど、僕はログを見ることはないだろう。
 返事がどうであれ、秋山さんが微笑んでいるのは真実なのだから。
 僕と秋山さんは手を取り合い、湖に膝までつかって遊んだ。

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創作日 10/16/2002
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