|
あたしは猫だ。 茶色と白のぶち模様の毛皮を持ってる。ご主人にいつも手入れされているから、毛並みはつやつやだ。近所のどの猫にも負けない。 夕ご飯には、魚を食べる。ご主人はあたしの目の前で、平べったい魚を切ってくれる。ご主人は酸っぱいごはんの上に、その魚のひれの部分をのっけてくれる。 「ほら、君の大好きなえんがわだよ」 と、ご主人はにこにこして皿を出してくれる。お皿にはきれいな模様がついてるけど、あたしは食べられないものには興味がない。なんか色がついてるなー、って思うだけ。ご主人は、「色が付いてる皿は、ちょっと高い皿なんだぞ」とか言うけど、人間のお金のことなんて、あたし、さっぱりわかんないし。 ご近所を散歩したり、昼寝したり、お隣のおばあさんのところで甘いものをもらったり。そんなふうにしてあたしの一日は過ぎていく。そして、夜にはかならず、お皿の上の酸っぱいごはんと魚を食べるのだ。 けれど、最近、あたしのまわりに変な奴がいる。 あたしの散歩のあとをついてくる。あたしが塀の上を歩いていると、奴もその後ろを歩いてる。 威嚇したこともあったんだけど、全然ダメだった。奴はまったく怖じ気づかない。 気づいたらそばに奴がいた。名前なんて知らない。いつからいるのか、あたしには思い出せない。なんか、ずーっと前からいるような気もするし、つい最近見かけるようになった気もする。 目をいろんな色に光らせたり、しっぽをゆっくりと動かしたり、奴は変な猫だ。 私が威嚇すると奴も同じ格好をして威嚇する。なんだか、あたしのまねをしているみたい。 あたしのまねをしても、あたしになんかなれないのに。 ご主人に気に入られようって思ってるのかもしれないけど、いくらがんばったって、ご主人のえんがわはあたしの物だ。 外が薄暗くなって、散歩をやめて戻ってきたとき、奴はあたしの後ろをついてきていた。追い払おうにも、何もできないので、あたしは完全に無視してた。 ご主人がやってきた。 あたしはご主人の足に身体をこすりつけて甘えた。思いっきり、精一杯、あたしはご主人に甘えた。 ちらりと、横目で奴の方を見る。 奴も、ご主人の足に身体をこすりつけていた。ご主人はあたしだけのもの。えんがわはあたしだけのもの。はまちもサーモンも、奴には渡さない。 えいっ、と力を込めて、あたしは肉球で奴をはり倒した。 奴はこてんっ、と倒れてもがきはじめた。 奴は身体が固くて、自分一人じゃ起きあがれないってこと、あたしは知ってるんだから。 「こらこら。何やってるんだ」 酢の匂いが近づく。 あたしは首を引っ張られた。持ち上げられて、ご主人の顔が目の前に来る。手足をぶらりとしたまま、あたしはご主人の顔を見た。 なにか、かなしそうな顔してる。あたしと目を合わそうとしない。 「もう、寿司あげることできないんだわ。バイト先、つぶれちゃってさ。でさ、収入もなくなった。だから、本物のペット、飼うことができなくなったんだ……」 気がつくと、あたしはかごに入れられてた。 ご主人と初めて会ったとき、あたしが小さかった頃に入れられたかごに似ている気がする……。 がさっと音がして後ろを振り向くと、そこには見知らぬ人間が二人立っていた。あたしをじろじろと見てる。 「なんで……、なんで生き物を飼うのにそんなにお金が必要なんですか? 僕みたいな庶民は生き物を飼っちゃいけないってことですか!」 ご主人の声だ。 「そこにいる疑似猫じゃ不満なのかね。しぐさも何もかもこの猫と同じにプログラムした。えさ代はかからない。寿司を猫にやるお金を他に使えば、もっと豊かな暮らしができるだろう」 「金が無い人間が猫を飼って何が悪いんですか! 貧富の差で……」 「経済的余裕が無い者には疑似猫を、余裕の有る者は猫を。そういう政策だ。君は命のあるなしで、差別するのか? 形もしぐさも完璧に同じなのに」 「た、たしかにそうだけど……」 かごが持ち上げられる。あたしは奴の方を見た。 奴は、いつのまにか、あたしと同じ、茶色と白のぶち模様の、毛皮を着ていた。 次のご主人のところでは、えんがわを食べられるんだろうか。 あたしはそれだけが気がかりだった。 |