神々の狂宴

第13話

『肉塊』

 意識の最後に残っていたのは、シャットダウンさせたはずの『瑪瑙』の、叫びに近い声だった。

『陽電子砲発射』

 その言葉の意味を私は知っていた。

『瑪瑙』の電脳は、やはり論理的矛盾を抱え狂っていたということだった。

 生身の人間がいる艦橋で、加速器を利用した高エネルギー粒子を発射させれば、空気中の分子と衝突して生存不可能なレベルの放射線を生み出すことは自明だった。

 では、私は今、どこにいるのだろうか。

 私はすでに致命的な放射線を浴び、肉体を失って死んでいるのだろうか。

 あの侵入者はどうなったのだろうか。

 誰かに肌を触れられている感じがする。

 無感覚だった体に触覚という感覚が蘇って来る。

「おい、起きろ」

 遠くで誰かの声がした。

 私はゆっくりと目を開けた。

 静かな艦内。

 私は壁際でうつ伏せに倒れていた。手のひらに冷たい金属の感覚がある。

 私は目をこすりながら声の主を探した。

 膝を立て、ゆっくりと立ち上がる。

 侵入者の姿が見えた。

 人間としてはありえない緑色の髪の男は、私のことをまっすぐと見下ろしていた。侵入者は最初に会った時とまったく変わっていないように思えた。

 自分の頭を軽く叩いて、あたりを見回す。

 何も変わったところは無いように思えた。

 だが、視覚以外の物事が変わっていた。

 作動していたはずの機器が、すべて沈黙していた。

 アクティブレーダーも、重力波観測装置も、耐Gカプセル制御ユニットでさえも、完全に沈黙していた。艦橋にあったすべてのモニターは黒く、何も映していなった。アナログ式クロノメーターは零の値を示していた。

「人工知能というのは本質的に不安定だ。不完全な人間が生み出した生命が、完璧であるはずが無い。しかも、おまえらの文明のような幼稚な技術レベルで、人工知能に人間に匹敵する処理性能を持たせようとするのは無謀だ」

 侵入者は首を動かしながら言った。首の付け根にある肌色の物体が脈動するのが見えた。

 私はその脈動する物体を美しいと思った。

「人工知能は論理的矛盾に極めて弱い。矛盾を解消することが最優先の行動であり、そのためには創造者でさえ生命の危険にさらすのが人工知能だ。よく覚えておくがいい」

 侵入者はせり上がったままの砲台を指差しながら言った。

「おまえは、一体、何をしたんだ。確か、陽電子砲が発射されたはずだ。陽電子の奔流をこの至近距離で受ければどんな物質も消滅するはずだ。なのに、何故、私とおまえはここにこうやって生きている?」

 私は異常な状況の中で、自分の好奇心を抑えることができなかった。容姿端麗なこの人間そっくりな異星人は、私のことを蔑む様な目で眺めていた。

 私はこの異星人と有効なファーストコンタクトを成し遂げた最初の人類であり、慎重な発言と行動をしなければならないのは頭でわかっていた。こちらの知的レベルがどの程度のものなのかを相手に悟らせるような質問は、本来するべきではないということはわかっていた。だが、私は自分の理解できない現象を放っておく事ができなかった。

「おまえは頭が固いのか、それとも、おまえたちが頭が固いのかはわからんが、そんなことも想像出来ないようでは、やはり、俺たちと対等なレベルで話し合うことができない。少し考えれば、いくらでも解決策は思い浮かぶだろう。俺が他宇宙をひねり出すことができることは知っているはずだ」

 そう言って、侵入者は手のひらを返して黒い球体を出現させた。黒い球体はまったく照り返しが無く、完全な黒体だった。

 見ているうちに、黒体に光が灯る。

 球体の中に星が見えた。

 その星は赤く脈動していた。

「この船の電子機器はすべて掌握した。電子を関与させる機器は掌握しやすい。他の機器は初期化した。人工知能は完全に情報を抹消した。我々はおまえたちの文明を、支配したり、崩壊させるために来たわけではない。我々にはより高貴な目的があるのだ」

 こいつは一体、何者だろう。

 私は改めて思った。

 見た目は人間に限りなく近いが、自然の人間にはありえない緑色の髪を持つ男。

魔法のようにしか見えない重力操作を片手で行う男。

 そして、首の付け根に奇妙な肉の物体を持つ男。

「おまえは、何者だ?」

 私は本来最初に尋ねるべき質問を口にした。

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