神々の狂宴
| かすかな震動とともに、メインコンピュータが高加速度の終了を『葵』艦内に告げた。 私はゆっくりと対Gカプセルから這い出した。一度しゃがみ込み、締め付けられていた筋肉をほぐした。相変わらず、いごごちの悪いしろものだった。いつか改良を指示する必要があるみたいね。 無菌室の冷たい空気を思い切り吸い込んでから、3Dホロを体にシンクロさせ、艦橋を呼び出した。艦橋にはすでに宮内がいて、様々な計器の点検をしていた。 「どう?なんか異常でもあったの?」 私が不意に宮内に声をかけると、宮内は一度大きく後ずさりし、私であることに気づくと、あわてて略式の形式挨拶をした。私もそれに応えて挨拶を返す。 「別に異常はありません、艦長。目的の船を認識し、相対速度をランデブーにあわせて設定していたところです」 私は艦橋のコンソールの前に立ち、アクティブレーダーの探査状況をチェックした。同心円上に広がる画面には、『水戸』を示す番号が記された光点しかなかった。不審に思い、となりに表示させている『水戸』との通信ログの映っているはずの画面に目を移した。 「『別に異常はありません』って、異常ありすぎなんだけど、宮内航宙防衛兵くん。『乱万』はどこにいるのさ。通信ログにはなにも記されていないし。この距離なら交信は可能だと思うけど。いったいどういうふうに考えたら、『異常なし』になるのかな?教えてほしいよ」 「え、あ、すいません!今詳細を調べます」 「どうせ異常なんて起こりっこないって思ってたんでしょ」 宮内はあわてて観測機器のデータの出力や通信記録を調べだした。私は艦橋の中央の、艦長のいすに自分のホログラムを座らせた。膝を組んでメインモニターを眺めた。レーダーは相変わらず『乱万』の存在を探知できていなかった。火星連邦軍所属の航宙艦を表す緑色の光点は、一つしか画面に輝いていない。 ラムダ級航宙艦は、かなりの高機動性を持つ火星連邦軍の主力艦の一つ。その艦に故障が起こるとはなかなか考えられない。なぜなら、主要機関はすべて複製を二つ持っているし、『葵』のものよりも旧型とはいえASDSを本格装備しているのだから、艦の主要機関が三つ同時に壊滅するほどのダメージを受けることはほぼあり得ない。少なくとも現在の人類文明においては最高レベルの防御システムなのだから。 しかし、なにごとにも例外がある。 『SGCは欠陥人間だ。4年以上生きられるはずがない』 そう何度も言われ続けて私は現在ここに例外として生きている。例外のないことなんてない。それはよく知っていること。隕石を頭にぶつけて死ぬよりも確率の低いことであれ、起きるときは起こる。対Gカプセルの中で必死に考えた結果、私はやはりこれは事故だと断定した。 「宮内君、リングの状況をチェックしてみて。たぶんなにか異常が起こっているはずだからさあ。全乗組員に伝達するよ。ASDSをフル稼働させて。全員戦闘態勢に入りなさい。他宇宙融合状況を5分おきに報告すること。十字ブイのチェックを怠らないでね。『水戸』には非常事態が起こっている模様。私たちにしてあげられることはなにもないけど、『葵』をその非常事態に巻き込みたくはないわ。あくまで私の予想だけど、『乱万』はもう爆散しているでしょ。多分、あのリングが怪しいわね。」 宮内がリングの一部を拡大表示させた。青い光の帯は、どこまで拡大しても青い光の帯にすぎなかった。光は一様ではなく、ゆっくりと周期的に変動し、ところどころにノイズのようなほかよりもやや暗い光が素早く明滅している。画面の左方にリングの解析結果が表示されている。かなり遠くからの観測のため精度は荒いが、そのリングがなにであるかを判断するには別にかまわない。私が航行中に予想していたものと全く同じだった。 「艦長、他宇宙がそれぞれ連続的に重ね合わされています。さまざまな定数の違う…」 はあ、見りゃわかるっての。 「あのさ、宮内君、私は同じ画面を見ているの。いちいちしゃべらなくていいわ」 「しかし、艦長に報告するのが私の仕事でして」 「今は緊急事態なの。形式なんて重んじる必要性ならどこにもないわ。あなたは私の命令したことのみ実行すればいいの。私がこれの艦長なんだから」 「はい」 宮内は渋々ながらうなずいた。私はさきほど言いそびれた説教の続きをしようと宮内に向かって話しかけようとした。 突然、ほんとに全くの突然、艦が大きく揺さぶられた。大きな揺れは一度だけだったが、それが収まった後にも微弱な震動が艦を包み込んでいる。宮内は突然の震動でコンソールに頭を打ったらしく、しゃがみ込んでいるようだ。私はコンソールの前に走り寄り、ホログラムの利点を生かして宮内の体をすり抜け、マイクに向かって叫んだ。 「なにが起こったの、コンピュータ!」 コンピュータは沈黙していた。 ああっ、もう。肝心なときに役に立たないわね。 私はホログラムを消し、自分の艦の観測機器とシンクロさせた。こうすることにより、より直接的に外の情報を知覚できる。各種観測機器が自分の目や鼻になるようなものかな。 一度すべての感覚が遮断されて、暗闇を経験すること数十秒、艦外の各種機器の入力を自分本来の入力に擬似的に置き換えるのに、やけに時間がかかった。 |