神々の狂宴

第8話

『瑪瑙』

「重体1名、重軽傷者15名。侵入者はまっすぐこの艦橋を目指しています」
 ラムダ級の航宙艦は巨大だ。砂時計のような形の、まん中の細まっている部分に、100人以上が生活しうる球形の居住区画がある。紙に包まれた飴玉の形にも似ている。球形の中央に巨大な他宇宙融合炉があり、AS炉のまわりに、さらに小さい球が取り巻いていて、球同士は円筒状の通路で連結されている。そのまわりを球殻がすっぽりとおおう。火星への移住者の故郷、日本の、花火の火薬玉のような内部構造をしている。
 そのため、慣れない者が艦橋へ行くのは至難のわざだ。
 侵入者が、壁を壊さずに通路を使ってくれていることに感謝しなければならない。
「侵入者について、なにかわかったか?」
 侵入者は、水志摩見習機関生のうでを吹き飛ばし、レーザーの一斉射撃をくぐり抜け、ゆっくりと確実に艦橋へ向かっている。
 私には状況が掴めていなかった。
 侵入者はいったい、どこの人間なのだ。
「侵入者の素性は不明。侵入者が手のひらを動かすたびに、まわりに異常な重力波が検出されています。私には理解ができません。私からの提案です。侵入者を殺してしまいましょう」
「!」
「過去に記録されている私の中のすべてのデータが、あの侵入者は存在するはずがないと結論しています。しかし、観測結果はあの侵入者が存在することをしめしています。理論上いないのに、観測上いるのです。矛盾です。この矛盾を解消するには、観測上にも存在しないことにするしかありません」
「瑪瑙…。君の理論が間違っているんじゃないのか?」
「矛盾を解消しないと。私が間違えるはずはありません。私の自己診断プログラムは、私が正常であることを示しています。矛盾を解消しないと。陽電子砲を通路内に配置する許可を下さい」
「そんなことはできない。陽電子砲は宇宙空間でつかわれるように設計されている」
「私の計算したところによると、艦内でも一瞬だけ、約0、014秒間、防御磁場とともに使用すれば、艦には損害はありません。かつ、目標を沈黙させるのに十分な量です。艦内の計器が洩れ出したエネルギーで損壊しますが、あとで直せる程度の損壊です。3日間全員が休みなく働けばすぐに直せます」
 瑪瑙は狂っている。それだけは言えた。
「艦長、陽電子砲の使用許可を下さい。許可さえいただければ、すべて人の手を使わずに私自身が設置できますから」
 私はメインスクリーンに瑪瑙の自己診断結果を表示させた。見たところどこも異常はない。
 いつものように立って歩いてもいっこうにアイデアが出てこない。私は艦長の椅子に座った。
「瑪瑙、今、侵入者はどの辺にいる?」
「第2区画を侵入中です。あと30分程度でこの部屋に到達します」
「よし、全人員に通達。艦内通話スイッチを入れろ。侵入者と接触しても敵対行動を行うな。くり返す、侵入者に対し、あらゆる敵対行動を行うな」
「そんな、撃退しなくてはなりませんっ!」
「うるさい瑪瑙。早く、私の言ったことを通達するんだ。お前は判断能力を欠いている。通常業務のコンピュータと替われ」
「私の自己診断テストはすべて正常です。替わる理由はありません。そんなことより、早く陽電子砲の使用許可を下さい」
「人間の言うことが聞けないのかっ!」
 私はつい歳に似合わず大声を出してしまった。このような緊急事態で気の狂ったコンピュータと二人きりなら大声を出すのも無理もないかもしれないが。昔、自分が若かった研究所時代を思い出した。
「おまえはすべての人工知能モジュールを停止しろ。高度な自己判断を伴うすべての機能を凍結させ、入力に対する結果だけを知らせてくれ。それと、出雲防衛通信兵をここに呼べ。もう気絶から立ち直っているだろう?二人きりで話がある」
「…………。命令を受理し、実行します」
 瑪瑙の声から個性が消え、何の印象も受けない特徴の無いコンピュータ音声に切り替わった。
 私は手動で、スクリーンに艦外映像を呼び出した。リングは依然として青く敢然と輝いている。少なくとも、侵入者がここへ到着するまでの30分間はあの青い輝線からの攻撃はないものと考えられた。
「失礼します。出雲防衛通信兵です。入室許可をお願いします」
「入ってよろしい」
 艦橋のドアが軽い音を立てて横に開き、出雲防衛通信兵が入って来た。彼を呼んだのは、私のかたい頭ではひねり出せない解決策を考えてもらうためだ。
「そうかっ」
 出雲の包帯を巻いている頭を見て、私は稲妻のように閃いた。私はマイクを素早く取る。
「全人員に告ぐ。これから2分後に、10G加速を行う。すみやかに耐Gカプセルに入れ。加速予定時間は、1500秒間。くり返す。これから2分後に火星方向に向かって10G加速を行う。すみやかに耐Gカプセルに入れ。負傷しているものの手伝いもすること。侵入者のことはかまうな。私が何とかする。出雲、きてもらってすまないが、戻って耐Gカプセルに入ってくれ」
 矢継ぎ早に指令を飛ばすのが一段落すると、出雲がおずおずと聞いた。
「あの、私は何のために呼ばれたのでしょうか」
「本当にすまない。聞かないでくれ」
「はあ」
 艦橋のドアが音を立てて閉まった。私はまた一人になった。艦橋備え付けの耐Gカプセルに入りながら、加速の為に必要なシークエンスを開始した。侵入者を追うカメラにモニターを切り替えた。
 10Gの加速にどうやって対処するのかな?侵入者よ。
 生身で耐えられたら、異星人に違いない。