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左のサブスクリーンに、年賀の顔があらわれた。画像は乱れに乱れ、ざらざらとして、雨が降っているように見える。その映像から年賀の表情を読取ることは難しい。
「一石長官。そちらはどうでしょうか」
「『水戸』なら大丈夫だ」
「そうですか。『乱万』は今、リングからのエネルギー流の直撃を受けています。もう、もちそうにありません」
「ASDSは、本来200%までが許容範囲だが、230%まで強度をあげても大丈夫なようにできているんだ。強度をあげて、斜めに受け流せ」
年賀が答えるまで、少し間があった。
「駄目です。すでに230%まであげています。エネルギー流の強度はあがりつつあります。打つ手はありません」
考えろ。何か手があるはずだ…。
「そうだ、はじくのが無理なら、AS炉の融合宇宙を反転させて、エネルギー流を吸い込めないか?反転させる一瞬に、ASDSが解除されて艦はダメージを受けるが、致命傷にはなるまい」
「無理です。反転させる瞬間の、その一瞬のダメージで艦は破壊されます」
「なぜだ?電磁遮蔽と強化艦壁があれば、あのくらいの粒子流はたいした脅威にならないだろう?ダメージを受けるっていっても、極微時間だけなんだ」
「あの粒子流は、反陽子流なんです」
反物質。通常の物質と触れあうと対消滅を起こし、その質量は純粋なエネルギーに変換される。
「なにか手があるはずなんだっ!なにか…」
私は必死に考えたが、うまい考えは浮かばない。
「もう、いいです。一石長官。軍人はいつも死と隣り合わせにいるのです。戦いでは無く不意打ちなのが少し悔しいですが、いつでも死ぬ覚悟はできています」
「そんなことを言うなっ。死にたくは無いだろ?」
「ときにはあきらめも肝心です。『乱万』のことよりも、『水戸』を無事に帰還させる事を考えて下さい。生きられる可能性の多い方を考えて下さい」
軍人はわからない。
「なにか考えろ。助かるかもしれないんだぞ」
「『乱万』の事はもう考えないで下さい。『水戸』を帰還させる事を考えて下さい。さようなら、一石長官。私の息子の年賀昌槻に、『父さんは人類の為に死んだ』と言って下さい。あなたに神の御加護を」
スクリーンは消えた。年賀の顔はもう映っていない。
軍人はわからない。わからない。さっぱりわからない。何か良い手が必ずあるはずなんだ。
私は『乱万』の映ったメインスクリーンを見た。ASDSは限界まで酷使されて悲鳴をあげているように見える。ASDSの限界を示す光りを放っていたからだ。
私は『乱万』を見ながら考えた。しかし、何も思い浮かばない。
「!」
ASDSが濃赤色から白緑色へ、その後限り無く純白に近いが純白では無い色へ変わり、『乱万』のまわりのASDSが消えたのがちらりと見えた。ちらりとしか見えなかったのは、スクリーンが爆発の影響で何も映像を映さなくなったからだ。
横殴りのような強い衝撃が『水戸』全体につたわり、艦橋のライトが消えた。すぐに補助動力によりライトは光を取り戻す。
「防衛通信兵っ。本艦の被害状況は?」
「対消滅爆発の影響をもろに受け、ASDS強度5%に低下。一部の高エネルギー粒子はASDSを貫通、第八区画に面する船画が熔解、気圧保持の為、第八区画は閉鎖しました。区画に人はいません。死者はいません。負傷者は多数。火星へのレーザー通信設備が、その区画にあったために、修理不可能な程に損壊」
私には何が起こったのかわかった。『乱万』を構成していた粒子の対消滅による膨大なエネルギーが、50キロしか離れていなかった『水戸』に直撃したのだ。ASDSがなければ、『水戸』は消滅したに違いない。半径5万キロのすべてのものを吹き飛ばす勢いで拡散したのだ。そこでおきた放射線は、数時間後には太陽系全域の観測機器を麻痺させるだろう。
私はあることに気付いた。被害状況を言った人物は、防衛通信兵ではない。
「おい、君の名前と所属を言いなさい。防衛通信兵の出雲はどうした?」
「出雲防衛通信兵は、衝撃の影響で、頭を強く打ち気絶しています。私は、桜伊玲奈総司令制作の、緊急時専用コンピュータ、F1354、コードネーム『瑪瑙』です。緊急時にしか活動できないので、今まで知らなくても無理もありません」
そのようなコンピュータが存在しているのを聞いたことがあった。考えられる限りの安全装置を組み込んだ航宙艦では、緊急事態などめったに起こらないから、そのコンピュータはほとんどが日の目を見ずに世代交代するという話だった。
「状況説明を求める。それと、君なりの現状打開策を提示してくれ」
「人類以外の手によって作られたリングは、他宇宙により構成されており、そのリングの内側にあるすべての物を攻撃する能力を備えています。なぜならば、円の任意の二点を結ぶと、その弦はAS砲となるからです。我々の艦のASDSでは、このAS砲の攻撃に耐えることはできません。耐えられるのは、『葵』だけでしょう。我々がこの現状を打開する、もっとも可能性の高い方法は、AS炉を位相反転させてAS砲を防ぎながら帰還することですが、同時に2本以上のAS砲がやってこないと仮定しても、成功確率は13%しかありません」
私は艦橋をぐるぐると歩いた。こうすることで、アイデアが湧いてくることが、ままあったからだ。メインスクリーンは青白い輝線を中央に表示している。
牧野博士ならこの状況をどうするだろうか。
桜伊ならこの状況をどうするだろうか。
私はどうすればいいのだろうか。
「こちらから先に仕掛けて、リングを破壊できないか?」
「現在使用できる、陽電子砲、広域拡散核兵器、収束ガンマレーザー、どれも、すべて防がれてしまうでしょう。リング自体がASDSでもありますから」
「じゃあ、どうすればいいんだ…」
「無視しましょう。それが一番、生存可能性が高いです」
確かに、相手に生殺与奪の権利を握られているのだから、逃げるのが一番だろう。
けれど、どこへ逃げるって言うんだ?
太陽系すべてが射程圏内に入っているのに。
相手の無関心を期待するしかないのか。
「よし、意識を保っている全乗員に告ぐ。すぐに火星へ帰還用意。区画の修繕と、準備ができ次第、対Gカプセルに入れ。平均12Gをかけて加速する。出発は今から30分後だ」
私はとりあえず腰を下ろせそうだった。
「『瑪瑙』から全乗員へ。AS炉点検済みです。異常は見られませんでした。ASDSは15%にして、他の動力をすべて加速へまわします。すべての娯楽サービスは中止します」
私は瑪瑙の声を聞きながら、自分がすることはなにもないので、椅子で一眠りすることにした。私はただの指揮者であって、文民だから。私にできるのは、リングに向かって「殺さないで下さい」と祈るだけ。しかし、私は祈らなかった。
「そろそろ準備が整いました。出発の指揮を」
30分後、冷たい声の瑪瑙に起こされた。私は対Gカプセルに入る。あまり居住性を第一に考えられていなく、軍の人間以外でこれに乗る人はいない。
「よし、火星に向かって、全速前進っ!」
「ちょっと待って下さい。発進シークエンスすべて中止」
私の気合いを挫くように、瑪瑙が無機的な声をかけた。対Gカプセルに付属しているモニターに光がともった。
「どうしたんだ?勝手に中止して」
「わかりません。ありえません。私には理解できない、あり得ない状況が艦外で起こっています」
「は?どういうことだ?」
瑪瑙はやや錯乱状態になっていた。緊急事態専用のコンピュータではなかったのか?
「前方の何もない宇宙空間に、生命維持装置無しで人がいます」
「だれか、投げ出されたのか?」
「いえ、とりあえず見て下さい。私には理解できない」
対Gカプセルのモニターは宇宙空間を映した。そこには、いままでどこでも見たことのない服を着て、白いマントを羽織った人物がいる。生命維持装置らしき物はまったく見えない。しかし、死んでいるようには見えない。
エメラルドの髪を肩までた垂らし(無重力なのに垂れていた)、こちらを見ている。顔は間違いなく人間だった。端正のとれた顔。鼻は少し高い。額に輪のようなものをつけていて、瞳は吸い込まれていきそうな緑色。市井の者ではない雰囲気をかもし出している。
不敵な笑みをこちらへ浮かべている。
「なんだ、あいつは?乗員にあんな奴はいないはず」
「私には理解できません。状況を正しく認識できません。相手はこちらのスキャンをまったく受け付けません」
その人物は、カメラに向かって指を指したかと思うと、視界から消えた。
「どこへ行ったんだ?」
「今、捜索中です…。わかりました。この艦の質量が増えています」
「この艦の中?」
「ありえない!瞬間移動なのか?」
「あり得ないことです。私には理解できない現象です」
「全乗員に告ぐっ。すぐに対Gカプセルから抜け出して、侵入者に備えろ!」
状況が理解できない。異星人とかならまだわかる。
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なぜ、人間なんだ?
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