神々の狂宴

第4話

『ハイペリオン』

 七日はあっという間に過ぎた。もうすぐ、相手の対航宙艦兵器の射程圏内に入る。『水戸』と『乱万』は、旅の途中に軌道を変えて、今はまっすぐにリングへ向かっている。
 彼等は減速をしないので、『葵』とはかなりの距離が開いている。, 
「『葵』内にいる全人員に告ぐ。ただちにASDSを、『葵』のまわり、半径百メートルの宙域に設置しなさい。いそいでよん。宙尉以上の人員は、AS砲の発射準備してね」
 新型AS砲は、まだ一度も使ったことがなかった。 
 風船を膨らますように、半径百メートルの宙域に細いワイヤーの網が広げられた。ワイヤーの交差するところには十字形のブイがある。この十字ブイは、ASDSの基本部分だ。『葵』は金鞠の中にある砂時計のように見えるだろう。砂時計の割には、中心部分が居住区画のため膨らんでいるけど。
「AS融合炉、機能停止させて。機体を補助ジェットで旋回。前方放出塔をハイペリオンに向けて。小型AS炉射出用意。三、二、一…」
「射出」 
 小型AS炉。これが新型AS砲を実用化たらしめたキーとなるアイテム。どのような用途に使うかは、見てのお楽しみ。私も楽しみだ。
 正十二面体の小型AS炉は、『葵』の側面から三つ発射され、搭載している核融合炉のパルスジェットで、ハイペリオンの裏側へまわりこむ。あと、二、三時間かかるだろう。
 私は、無菌艦長室で一通り指示を終えて、ゆっくりと座り込んだ。私の三Dホロは、もうひとつの艦長室で、同じように座り込んでいるだろう。
 気が進まないような、楽しみなような…。 
 私の開発した兵器を使わずに済ましたいような、威力を試したいような…。 
 どちらにせよ、こちらから攻撃を加えたくない。 
 反乱、か…。 
 ばかみたい。 
 何に不満があったのだろう。人類未曾有の繁栄の中で、何に不満が? 
 わからない。

「反乱軍が攻撃を仕掛けてきました。ハイペリオン基地からの核ミサイルです。三万六千キロメートル前方。一時間後に接触します。迎撃しますか?」
 静かな空間を乱すように、宮内航宙防衛兵が言った。 
「しない。この艦のASDSの凄さを見せつけてやりましょう」 
「ですが、核ミサイルですよ。ASDSが核攻撃を受けたことは、過去一度もデータにありません。どうなるかわかりません。核ミサイル自体が条約で禁じられているので、データがないのは当然ですが。迎撃した方がよろしいかと…」
「いちいち、うるさいわね。核攻撃だろうが、超新星爆発だろうが、私の設計した新型ASDSを破れるものはないの」

 一時間後、最初の核ミサイルがASDSに接触した。私は、偏光処理した映像を眺めていた。 
 ウラニウムの分裂したエネルギーに加速され、普段は決してくっつくことがない水素原子核が、二つ仲良く核融合してヘリウムになる。核融合時のいらなくなった質量が、アインシュタインの公式通りにエネルギーに変わった。数十万度の火球が『葵』を囲むASDSに狂ったように襲い掛かった。
 十字ブイは、自身の中心に他宇宙を出現させた。その他宇宙は自分よりも高いエネルギー状態を検知、ただちにエネルギーを自分の宇宙へ取り込もうとした。
 核爆発で発生したほとんどの熱、光、各種放射線は、何百もの十字の何百もの他宇宙に吸い込まれていった。 
 三次元的に見方を拡張した洗面台の排水溝と水との関係のようなものだろうか。 
「利用中の他宇宙の絶対零度は、マイナス二万七千三百十五度?観測史上最低のエネルギー状態です。こんな他宇宙とつなげても、たいていはコンマ一秒も融合を維持できないはずなのに」
「宮内君、ASDSは、予測されたエネルギーを中和できる他宇宙を造り出して防御しているの。おぼえといてえ」 
「それは説明になっていないのでは…」 
「うっさいわねっ!黙ってみてなさいよ」 
 ASDSも万能の防御兵器ではない。吸収しきれなかった光のせいで、光学観測機器は一時的に麻痺して使い物にならなくなり、モニターからは外の状況を把握できない。
「第二波が来ます。核弾頭数五十」 
 私はあらかじめ射出しておいた、五十キロメートル右方にある麻痺していない観測機器の映像に切り替えた。『葵』は光の玉と化していた。
 次々と咲く光の華。太陽のコロナの様。一瞬で咲き、数秒でしおれる、はかなき人類史上最悪の発明の華。この白熱した球の中に、今、自分が平気で生きている。私のかわいいASDSが、悪魔の放射線を吸い込んでくれているおかげ。
『葵』の前には、ハイペリオンが灰色く浮かんでいる。 
「高エネルギー反応っ!位置、ハイペリオン地表っ!」 
 宮内が叫んだ。 
 ハイペリオンの地表に、突如、強烈な輝点が現われた。瞬間、その輝点から、『葵』に向かって深青色の光線がほとばしった。ASDSが光の輝きを一段と増す。
「対航宙鑑用AS砲です。ASDSブイは、突然の攻撃により十個損傷。その内部他宇宙は消滅。他のブイには問題ありません。ハイペリオン基地に高エネルギー反応。次弾装填中と思われます」
「新AS砲発射準備は?」 
「完了しています。いつでも撃てます」 
「小型AS炉起動。新AS砲発射スタンバイ。秒読み開始。三、二、一…」 
 『葵』内部のAS炉が、推進時には絶対に融合しないような高レベルの他宇宙と融合した。小型AS炉も、『葵』からの信号で他宇宙と融合した。
 『葵』の前方放出塔から、凄まじい量のエネルギーが、ハイペリオンの裏側に移動していた小型AS炉に向かって発射された。 
『葵』内部のAS炉は、絶対温度マイナス二、七三度の他宇宙と融合している。小型AS炉は、マイナス五千三百六十度の他宇宙と融合している。
 エネルギーは高い方から低い方へと流れる。 
『葵』本体からこの宇宙に飛び出してきたエネルギーは、近くにあるもっとも低いエネルギー地点、つまり、小型AS炉の融合した他宇宙に流れ込む。その二点間にあるすべての物質は、膨大なエネルギー流の直撃を受けて、素粒子レベルまでに分解される。
 これが新型AS砲。ハイペリオン反乱軍が使用したAS砲は、ただAS炉の放出するエネルギーを、ある程度溜め込んでから放出するだけのもの。装填時間が必要になる。それに比べて、新型AS砲は、切れ目なくエネルギー流が一本の線となる。
 今、二つの宇宙の間にあるものはハイペリオン。 
 ハイペリオンにも、電磁遮蔽とAS炉を組み合わせた原始的なASDSがあった。 
 それは、核兵器とか、通常兵器のような、一時的に衝撃を加えるタイプの攻撃は、完璧に防げたかもしれない。しかし、止めどなく流れるエネルギー流をせき止めるには、あまりにも貧弱すぎた。一瞬、目も眩むような光が、基地のASDSから放出された。私の予想よりは、そのASDSは頑丈だったらしい。赤から青へ、次第に白色となり、最後の抵抗のように一度強い青白い光を発して消えた。
 ぶつかった地点の地表は、本来の灰色から赤へと灼熱し、発生した大量の溶岩の流れは、ハイペリオンの居住地区と思われる半球のドームを飲み込んだ。ここからは見えないが、ドームは融解し、住民は何が起こったのか認識する間もなく溶岩に飲み込まれただろう。
…あんたたちが反乱を起こしたから悪いんだから。 
「反乱軍の高エネルギー反応は消滅しました…」 
 驚く程の威力に、宮内は戸惑っているらしい。語尾がはっきり聞こえなかった。 
 私は、手元にある制御捍を握った。ハイペリオンの裏側にある三つの小型AS炉を操作するために。 
 針金が三本突き刺さったりんごを想像できる。針金の片方の先は、一つの点にまとめられていて、これが『葵』。三本の先端のそれぞれが小型AS炉。
…まず、三本を動かして、りんごを正三角形の形にくり抜く。その頂点から外側に向かって線を引く。りんごは四つに分かれた。上から真っ二つ。両サイドから斜め上に切り上げる。そして、あとはシュレッダーの要領で、みじん切り…。
「さあ、りんごは粉々になりましたあ。新AS砲ストーップ。エネルギー反応の確認をして」 
 数秒の重い沈黙。 
「目標は完全に沈黙しました」 
 宮内の声には、『なにもここまで…』という非難のような感情が乗せられていた。 
「小型AS炉回収開始。ASDSの展開解除。本体のAS融合炉起動開始。小型AS炉を回収次第、本艦は火星へと向かう。さあ、一仕事終わったし、故郷へ帰ろう!」
「…………」 
「どうしたの?宮内君。早くASDSの回収のシークエンスを始めなさい」 
「………………」 
 私は宮内の態度もわからなくもなかった。しかし、軍と言うのは、上からの命令は絶対だ。命令はすぐに実行されるべきだ。 
「宮内君。私がやりすぎと思っているのかもしれない。けれどね、私はあくまで、上からの命令を実行しただけ。『ハイペリオンを破壊しろ』とね。上からの命令は絶対なの。あなたも、私の命令をすぐに実行しなさい。感情を挟み込んではいけない」
「…………」 
「ちょっと、聞いているの?」 
「オリンポス通信センターから入電。優先順位A。艦長専用回線につなぎます」 
 七里通信兵が、私のありがたいお説教を遮った。私は、宮内の問題は後回しにして、無菌艦長室のそなえつけの平面テレビの方を見た。
 艶のある細い黒髪。肩くらいまで伸ばしている。十三歳くらいの女子中学生のような幼さが残る顔。目ははっきりと大きい。 
 滝川香織。こんな少女みたいなのが、この火星連邦の大統領だなんて、普通は信じられない。もう、かおりは二十四歳なのに。 
「桜伊。多分、君しかこれを見ていないと思うけど、念のために、公衆の前と考えて喋るから」 
 火星から土星まで、通信時差は一時間。会話はできないので、一方的な通話になる。 
「今から一時間前、『水戸』と『乱万』との定時通信が途絶えた。原因は不明。最初は通信不可能な位置に来たために途絶えた可能性もあったが、調査したところによると、その時刻には障害となる天体はなかった。何らかの理由で通信機器が故障したのかもしれないし、今、電波は一生懸命火星へ向かっている途中かもしれない。しかし、事故に巻き込まれた可能性も否定できない」
 通信機器の故障はあり得ない。三重の点検機構をそなえた二つの新型艦が、同時に故障するなんて、隕石に頭をぶつけて死ぬくらいに確率は低い。しかし、事故って言ったって、あの二隻の新型艦を破壊できるものなんて、太陽系には、新型AS砲を積んだこの『葵』しかいない。
 じゃあ、なんでだろう。 
「事故で破壊された可能性は、多分君が思っているより、大きいと思う。唯一の未知の定数のリングのせいかもしれない。そこで君には、『葵』をリングに向かわせて調査をしてもらいたい」
「ええっ!私もリングへ行くの?」 
 私は大声を出してしまったが、それがかおりに届くはずはない。 
「なんか、君の嫌がる声が聞こえてきそうだが、私は君が喜んで私の話を聞いていることを期待する。『水戸』と『乱万』の最後の定時通信時の位置の座標を送っておいた。一刻も早く向かってくれ。一Gなんてのんきな加速度なんかじゃなくて、十Gくらいだしてほしい。では、健闘を祈る。君に、神の加護を」
 現われた時と同じくらい唐突に映像は切れた。 
 十G…。耐Gカプセルに入らなければならない。その間、何もできずに、ただ、ぼーっとしていなければならない。 
「めんどくさ」 
 私は、全人員に、針路の変更を伝えた。 

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