第3話
『桜伊玲奈』
| 「EMF(電磁的フィールド)を炉心に展開。EMF非球体率〇、〇〇〇〇二三%。使用に耐えられる球形です。後方放出塔も準備完了しました。五秒後に他宇宙融合開始。五、四、三、二、一、開
始しました。エネルギー流入状況に不安定さは見られません。融合した他宇宙の物理法則を検査。宇宙基本最低エネルギー量比、向こう側が百倍。利用できるエネルギー差です。光子、ハイドロン粒子存在比九十八対二。この、他宇宙は安全圏です。利用する事にします。前方放出塔に異常がない事を確認。EMF発進型に変型させます。変型誤差〇、〇〇〇三%」
他宇宙融合推進機関の起動シークエンスを確認してから、私は、初の航宙にふさわしい、威厳に満ちた大きな声で叫んだ。 「加速度一Gで、ミュー級航宙戦闘艦『葵』発進!」 AS(他宇宙)融合機関の基本的理論は単純だ。宇宙には、その宇宙特有の最低エネルギー状態が存在する。この宇宙なら、マイナス二七三、一五度がそれ以上下がらない限界の状態だが、無限に存在する平行宇宙には、絶対零度がマイナス二七、三一五度の宇宙もある。その宇宙につなげる事によって、熱いところから冷たいところにエネルギーが勝手に流れる。二つの宇宙が温度平衡に達するには、無限に近い時間がかかるので、取りだせるエネルギーは、ほぼ、無限という事になる。 目には見えないが確実に存在するEMFが、右も左もわからずにこの宇宙に流入してきた光子やニュートリノやその他素粒子を、前後方向に整列させる。粒子は後方放出塔と前方放出塔から、同じ数だけ飛び出す。前進する時は前方放出塔を閉じ、後方へ飛ぶ粒子の反作用で進む。ブレーキをかける時は、前方放出塔を開き、後方放出塔を閉じる。 今、フォボス基地から一キロメートル位離れたところで、『葵』は輝く白色の光の帯を前後に従え、虚空を貫く一本の槍になり、速度をあげながら土星圏ハイペリオンに向かった。それに続くように、『乱万』と『水戸』が発進していた。漏斗の先端をつないで、砂時計のような形にしている火星連邦の科学力の粋を集めた三隻の航宙艦。 ハイペリオンには、約一七二時間もあればつくだろう。 その後、『水戸』と『乱万』はリングを調査に出かけ、『葵』はハイペリオンを破壊する任務につく事になる。 「ああっ!早く私の葵ちゃんに暴れさせたいなあ。はじめての実弾演習だあ」 「おいっ。なんで君が来ているんだ。大統領は私に指揮をくれたはずだぞ」 「一石長官、別にいいじゃないですかあ。私は連邦軍最高司令官ですよお?」 私は、一石長官の乗っている『水戸』の艦橋に3Dホロで訪問していた。艦橋といっても、ただ、メインモニターがある場所をそう呼ぶに過ぎない。一石長官は取り乱していた。 自分が指揮をとるはずだったのに、私がその権利を横取りしたんだとおもっているんでしょうね。 「も、もしかして、君は君の自宅からの3Dホロか?それならいいのだけれど」 まったく、そんなわけないじゃない。こんな面白いことに参加せずにいられないわ。 「『葵』の私専用の無菌室にいるんですよお。だいじょーぶ、『葵』の指揮しかしませんから。『水戸』と『乱万』は好きなように使っちゃっていいですう。ハイペリオンにつくまでの七日間、仲良くしましょーね」 一石長官は、私の方を見て、深々とため息をつき、発進の緊張を終えてただ前方の星々だけを映している巨大なメインモニターと、にこやかに微笑む私の間を軽く往復した。 「まあ、そういうことなら、別に私はかまわない。君がここにいることを納得しよう。私は、私のやり方で『水戸』と『乱万』を指揮する。『葵』は君のやり方で指揮してくれ。そして、言っておくが、私は君と仲良くしたくはない。もう、私の艦橋へ勝手に来ないでくれ」 なーによ。私が何か悪いことでもしたの? 「なんで、私と仲良くできないのお?私がアインシュタインの血を引いているあなたより優れているから?私がたったの二十二歳で三十歳以上離れているあなたより優れているから?妬みは何も生み出しませんよお?」 一石長官の顔が一瞬ひどく歪んだのを、私は見逃さなかった。 「じゃあな。受像装置のスイッチを切るぞ」 一石長官は、メインモニターの近くにあるコンソールに歩み寄り、3Dホロのスイッチを切った。いや、切ろうとした。彼が丸いボタンを押しても、私の映像はその場から消えなかった。彼は何度も何度も、ボタンが壊れるんじゃないかと思うくらいに連打したが、私の3Dホロは消えない。 当然。『水戸』のシステムの根幹部分のプログラム自体に、私の3Dホロは最優先の項目として記録されているのだから。私の3Dホロを消す命令は、この船の自爆命令よりも実行に移すことが困難。 そのことを一石長官は知らなかった。太陽系で私しか知らないけど。 「『水戸』は私が設計したの。私の3Dホロが消せなくて残念ですね。七日間ありますから、今日はそろそろおいとまします。仲良くしましょーね。バイバーイ」 3Dホロを消す時に、一石が苦々しげな顔をしたのが見えた。 「はあ」 私は、完全な球形の、加速時にも減速時にも家具が下になるように稼動する、私専用の艦長室中央に座り込んだ。 私は一石長官に嫌われている。態度からわかる。私はいつも嫌われる。嫌われたくて、嫌われているんじゃない。みんなそうだ。私の事をさける。私は普通に喋っているつもりなのに。 嫌われた方が楽なことも多い。仕事がはかどる。私は無意識に嫌われようとしているのか。 けれど…。 嫌われるのはやっぱり嫌。 私は火星で育てられたから恵まれていることはわかる。他のSGCは3Dホロがないから、一生無菌室にいなくてはならない。そもそも、人間関係を作ることができない。好き嫌いの次元じゃない。 私は恵まれている。それはわかってる。けど…。 この忌ま忌ましい無菌室。私はこの部屋無しでは生きられない。3Dホロ無しでは生きられない。人とのコミュニケーション無しでは生きられない。 今回の任務は、反乱軍側の人間を何千人も殺すことになる。反乱軍側は、様々なおもいがあるから反乱しているだろう。私にはその理由はわからない。 私より恵まれた環境にいるくせに、どこに、その生活を危ぶめて反乱する必要があるの? 火星よりも強いGのせいもあるのか、背中に何かずっしりと重いものを感じ、私はうずくまって座っていた。 |