神々の狂宴

第2話

『滝川香織』

「一体、どういう事か説明してもらおうか」
 滝川香織は、今までになかった状況に対する苛立ちを、自分の右腕である皆木にぶつけ
た。なんでも、カイパーベルト上に位置していた天文研究所が爆破されたという話だ。
 この緊迫した状況にある時に、なぜこんな面倒な事がおきるのよ。まだ、私の任期はあ
と二年もあるというのに。
 皆木は手際よく、スクリーンに太陽系を投影した。
 他の長官達は、二、三分もしない内に戦略室に空間投影で集まった。全部で十人。この十人は、それぞれ、火星各地の自宅でこの会議に出席している。
 空間投影技術は火星独自の発明であり、まるでその人物がその場にいるような錯覚をもたらすことができる。火星が太陽系一科学力が優れている証である。
 その火星連邦の天文研究所を爆破するとは、一体どこの連邦かしら。この火星連邦に勝てるわけがないのに。
 まだ、滝川香織火星連邦大統領は、爆破が起きたという事実しか知らなかった。
 皆木は、全員が集まった事を確認してから状況説明を始めた。皆木圭花は滝川の優秀な部下であり、幼馴染みでもある。二人だけの時は名前で呼び合う間柄だが、公衆の前では忠実な部下だ。
「知っての通り、今、火星は、地球・月連合と木星衛星圏・土星衛星圏共同体と、冷戦状態が続いています。しかし、太陽系の端、カイパーベルト地域は、お互いに科学的研究のみに利用する協定が決められていました。今回の爆破事件は、お互いの関係を根本的に変化させるものになるでしょう。ここからは、映像を見せます。そのほうが手っ取り早いでしょうから。これは、オリンポス通信センターの所長が、趣味の天体観察をしている時に偶然記録できたものを、我々科学チームが再構成して処理したものです」
 太陽系を北極方向から見下ろしたものだった。火星から内側は、ごちゃごちゃして見えないくらいの縮尺だ。
「…再構成のしすぎだよ」
 香織は思った。
 一度、天文研究所がズームアップされる。外見はいびつな小惑星だが、内部は高度に機械化されている。再び最初の視点に戻る。画面の左上に、秒読みが開始された。
 三、二、一、〇。
 カイパーベルト上の五つの等間隔の点から、物凄い光が放出された。光はカイパーベルトを一瞬でまばゆいリングに変えた。五つの点から腕が伸びて手をつなぎ会うように、光のリングを形作っていた。
 そこで映像は途切れた。香織は息を飲んだ。こんなことはあり得ない…。五つの天文研究所が同時に爆破されるなんて…。他宇宙融合推進でさえ、お互いの距離は一週間では埋まらないだろう。光でさえ無限の速度を持っていない。同時なんてあり得ない。映像は誇張されているのだろうか。
「皆木、本当にこの映像は真実を伝えているのか?特種効果で誇張していないか?君の口から言葉で説明してくれ」
「太陽系標準歴二二八九年二月十四日、つまり、昨日の午前七時五三分、カイパーベルトの我々の天文研究所が、原因不明の大爆発で消滅しました。他の月、地球、木星衛星圏、土星衛星圏の各天文研究所も同様に消滅しました。その衝撃は光速の数千倍の速度でカイパーベルト一帯をリング上におおいつくし、光のリングへと変じました」
「超光速?あり得ない!約三〇〇年前にアインシュタイン博士が証明したはずだ!」
 科学技術庁長官の一石が、大声を張り上げた。一斉に一石の方を向く一同。皆木は一石が落ち着くまで待った。
「一石長官、観測結果は真実のみを伝えています。一体どうすれば、空を二つに割るように、全天にまたがった光の帯が出現できるのかという事はわかりませんが」
 皆木は、オリンポス通信センターからの夜空の映像を映しながら言った。空を斜めに分断する美しい光の線が映されている。
「まあ、技術的、理論的な事はどうでも良い。大事なのは、天文研究所が他の惑星圏のものも含めて爆散したことだ。信じられないが事実だからしょうがない。この事をどう思う桜伊」
 桜伊玲奈は、火星連邦軍最高司令官だ。皆木と同じように、香織にとってなくてはならない存在。少しブッとんだ所があるが、常に彼女の言う事は真実をついてきた。
「滝川大統領、この事件のせいで、あと二年の任期が、ずいぶん困難なものになりますねえ。あなたが失脚すると私も道連れですから、大変ですう。私の意見ですかあ?そうですねえ、ラムダ級航宙艦を二、三隻、リングに向かわせるのはどうでしょう。指揮隊長には一石長官なんかどうでしょうか」
「なっ!私は科学技術庁長官だぞ。そんな危険な任務を引き受けるわけ…」
「一石長官、いや、一石博士。やはりあなたには冒険はできないのですかア。牧野博士なら、進んで引き受けたでしょうね。何しろ、太陽系で初めて、他宇宙理論を実験で検証したのは、牧野博士ですから。ああ、残念だ。牧野博士がお亡くなりになったせいで、この美しき赤き惑星には、老いぼれた堅い科学者しかいなくなってしまった。いつも否定的な事しか言わない、石のような科学者しかいない。科学大国火星連邦の運命やいかに?」
 桜伊は大袈裟な身ぶりを交えながら言った。滝川は桜伊が喋り終わってから、一石の方を向いた。
「一石長官、私も、あなたを推薦したいと思う。いや、調査隊の指揮を、ぜひ、とってほしい。何があったのかを確かめる事で、あなたが光速の壁をこえる方法を発見できるかも知れない。あなたの力が必要なんだ」
 一石長官の態度が、滝川の「必要だ」という一言で一変した。火星の住民は、人から必要とされる事に喜びを感じる傾向がある。一石長官も例外ではない。しかし、まだ渋っているらしい。
「私は科学技術庁長官ですし、やるべき仕事が…」
 一石はもじゃもじゃ頭の白髪を掻きながら言う。彼はユダヤ人の子孫で、アインシュタインと血がつながっているらしい。直接、握手ができれば確実に彼を説得できるだろう。こういう時は、3Dホロよりも直接会った方が効果があるのだ。
「もしかしたら、他宇宙融合推進に優る推進方法を発見できるかも知れませんよお?そしたら、あなたは一躍時の人。有名人。牧野博士なんか目じゃないくらい」
「……わかりました。私に任せて下さい。では」
 一石はすぐに戦略室からいなくなった。決意したあとの一石の行動は早かった。
「まず、桜伊はラムダ級航宙艦二隻を手配しろ。どのくらいかかる?」
「フォボス基地に待機中の、他宇宙融合推進高速巡航戦艦『乱万』と『水戸』でいいですかあ?それなら、今すぐにでも発進できますけど?」
『乱万』と『水戸』か。十分すぎておつりが来る程の戦艦だ。
「わかった。それでいい。木戸外相は他の惑星に連絡をとって状況を確認してくれ。我々がやったのではない事を協調する事。すべての惑星、衛星が我々の様に科学的分析力に長けているわけではないんだ。わかっていると思うが。神絵防衛庁長官は、いつ何が起きても対応できるように、衛星軌道上の新配備のASDS(Another Space Difence System 他宇宙利用防衛構想)準備しておいてくれ。他の各長官は、情報管制を行い、マスコミに付け入る隙を与えるな。そうだ、桜伊、『葵』は出撃できるか?」
『葵』は、太陽系初の、AS(Another Space)機関を推進以外に利用したミュー級航宙戦闘艦で、理論上無限のエネルギーを攻撃対象に発射できる。まだ、ミュー級は一隻しか造られていない。
「『葵』はちょうど、『乱万』と『水戸』と同じフォボス基地で整備中ですけどお、私が声かけりゃあ、いつでもOK、出撃できますう。けど、実弾演習は行っていませんけどおいいですかあ?」
「ああ、準備しておいてくれ。最後に確認したい事がある。この事態は、多分、今までの惑星間の関係を大幅に変えるだろう。無謀な行動は慎んでくれ。では、解散」

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 他の長官達は、たちまちに3Dホロを消したが、桜伊だけは残っていた。部屋には、生身の滝川、皆木と、立体投影映像の桜伊だけがいる。
「かおり、本当の事を教えてよう。私にも内緒にするのお?爆破だけでこんな会議や、『葵』を出撃させるなんてしないもの。私の予想を言ってもいい?」
「いいよ」
 桜伊は、あまりにも頭の回転が早すぎて、言動が常人には理解できない。しかし、その回転の早さは、太陽系一かも知れない。彼女は最後のSGC(Selectical Genetic Chirudren選択的遺伝人間)だから。二三世紀中期、新人類を造り出すための計画が進められていたが、世論の大反対にあい、あえなく中止になった。桜伊は完成された五体のSGCのうちの、死んでいない最後の一人。SGCは身体の免疫力が低いらしく、通常の風邪でも致命的になりかねないらしい。そのため、桜伊は、ほぼ無菌の状態に保った自宅で、ホロを使って滝川の事を補佐してくれている。
「土星圏か木星圏の衛星の一つに、反乱が起きた。もしくは、その反乱を受けて他の地域も連鎖的に反乱を起こしている。私の予想では、多分、土星圏かな。そして、土星圏連邦にはその反乱を鎮める事ができない。軍事力が足りないから。多分、火星にその反乱した衛星の破壊を依頼したのだろう。多分、その衛星は土星圏の軍事基地の集中している場所で、他宇宙兵器や核兵器を配備しているのだろう。その兵器を使われるくらいなら、その衛星ごと破壊してしまえという所かな。そしてその衛星は、ハイペリオンかな?あそこはいろいろとあるみたいだし。その知らせのあとに爆破事件が起こった」
「ぜ、全部あっているよ、れいな。あいかわらず、すごい洞察力だね。そうなんだ。私はハイペリオンを『葵』で破壊しなくちゃならない。本当に衛星一個を破壊できる程の能力が『葵』にはあるのだろうか」
 桜伊は自分の胸を叩いた。
「私の設計した『葵』なら、衛星一つどころか、太陽だって破壊できるよ」 

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