確率崩壊

プロローグ




 彼女は、新しいものが好きだった。
 背柳なぎさは、今この瞬間に立ち会えて幸せだった。
 最先端の技術は常に戦争のために開発されるという考えを持っていた背柳は、五年前に軍の兵器開発部門に助手として採用された。
 五年間、背柳の考えた通り、常に最新の科学技術に扱うことができた。
 その間にさまざまな兵器を開発してきたが、自分が主任となって開発の指揮を取った初めての兵器が、今後の戦争の戦術を大きく変えるものになるということに誇りを持っている。
 兵器を開発することに罪の意識は感じない。
 軍で使うということは技術開発の強い動機となり、結局はその技術は民間へとおりる。そうやって科学技術が発展してきたことは疑いようのない事実だった。
 兵器を開発することは悪いことではない。人を殺すのが兵器の存在意義だとしても、人を殺そうとするのは人なのだから。
 兵器を構成するパーツ一つ一つは何度も稼働実験を繰り返している。だが、兵器全体として稼働させるのはこれが初めてだった。
 稼動することはするだろう。だが、そこにはたくさんのバグがあるはずだ。
 未完成品を完成品にすることに魅力を感じるというのが、自分が科学者ではなく技術者であることのあかしなんだろうといつも思っている。
「主電源の準備はいい?サブも大丈夫?記録の用意は?データのリンクも確保してる?」
 親指を立てた合図があちこちで行われる。
 強化ガラスの向こうの部屋の中心に、無数のケーブルが張り巡らされた棺桶の様な物体がある。棺桶の表は透明で、その中に白いシーツをかけられた兵器が横たわっている。
「よし。では、稼働開始します!」
 背柳が手元のスイッチを押した。小さな電子音が鳴る。これから始まる実験の重大さに比べると、ずいぶんとちゃちな音だった。
背柳のすぐ近くにあるディスプレイに反応が現れる。オシロスコープのように、様々な波形が画面に現れている。それらの波形がゆっくりと重ね合わされていく。ディスプレイの下部に数字が乱舞する。
 棺桶のふたが、ゆっくりと真上に開いていく。
「ここまではすべて正常値です!」
 計測係が叫ぶ。背柳もそれはディスプレイの数値を見てわかっている。
 兵器の目が開く。
 部屋に歓声があがる。背柳は隣にいた加藤に握手を求められた。
「世界初の二足歩行型量子コンピュータの誕生だ!」
 誰かが大声で叫んだ。背柳はその誰かの方を向いて「静かに」と言った。
 稼働実験はまだ続いている。兵器が目を開けたくらいでは実験の成功とは言えない。背柳は固唾をのんで兵器の事を見守った。
 兵器の右手が、真上に挙がった。
 兵器の左手が、棺桶のへりにかかる。
 兵器は上半身を起こした。兵器の瞳が、背柳の方を見ている。兵器の口が何かをしゃべりたいかのようにぱくぱくしている。ぱくぱくはやがて発声のできる口の形へと変化する。
「ここはどこ?わたしはだれ?」
 量子計算機搭載型高度戦略情報兵器、コードネーム『エリ』が最初に話した言葉は、非常にありきたりなものだった。


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創作日 7/31/2002
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