IN THE BLUESKY


 三、うそでしょ?

 恐るべき事実を発見してから、一週間が経った。

私は、何も感じずに、何も考えずに過ごしていた。自分の事をどうでもいいと考えていた。

 私はここの人間じゃない…。

 私の世界は、こんなところじゃない。

 もっと、夢と希望に溢れていたところ。

 ケイとハルカは、私を住まわせてくれた。なんでも、私が五年前に死んだ娘にそっくりらしい。タクヤはよろこんでいた。

 いつものように、古ぼけた『大通り』の看板を眺めながら、思い出に浸っていた時、ケイが私に話し掛けた。

「マミ、あなたがなぜ、二十世紀の事しか覚えていないのかは、わからないけれど、その看板をいくら眺めても、あなたの二十世紀は帰ってこないのよ。そろそろ、現実を見た方がいいよ。私達は家族が増えたんだし、楽しく暮らしたいの」

 私はケイの方を振り向きもしないで、看板に向かって吐き捨てるように言った。

「こんなところで何をしたって、楽しくも何でもない。こんな、お先真っ暗な世界で何ができるのよ。ばかばかしい」

 バチンッ!

 私はケイに平手打ちを食らった。ほほがじんじんとする。

「何すんのよ」

「何が『お先真っ暗』よ。何が『ばかばかしい』のよ。たとえばかばかしくてもね、私達は、今ある世界で、精一杯生きることしかできないの。過去を振り返る余裕も、未来を夢見る余裕もないの。ふつう、人生ってものはそういうものじゃないの?あなたが覚えている二十世紀のほうがおかしいの。人間は『今』にしか生きられないのだから。お先真っ暗でも結構。私達は、その日の作物が無事に枯れずに残っていれば結構なの。家族がみんなで暮らせれば結構なの」

 ケイは一気にまくしたてていた。いままでにないくらいに感情をあらわしていた。それは、ケイも、この世界に嫌気がさしている証拠に違いない。

 ケイは、生まれた時から、そういう世界に生きてきたんだ。

 私は、まだたったの一週間しか経っていないのに。ケイの方がずっと苦しい生活をしてきたんだ。

 私が泣き言を言ってどうする。

「ごめんなさい。いきなり叩いちゃって。私の娘も、あなたと同じようにこの世界に嫌気がさして、自殺しちゃったから。あの子は、どこからか昔の本を探してきて、あなたみたいに、二十世紀に憧れたの」

 自殺……。

「ごめんなさい。二度と娘みたいなことを見たくなかったから」

 ケイの目には涙が浮かんでいた。

「ごめんなさい。私、こんなことを言ってもどうしようもないことはわかってたんです。けど、納得が行かなくて……。娘さんの名前はなんていったんですか?」

「マチノ・マミなの……」

「私の名前と同じ?」

「そう、ただの偶然だけどね……」

 その日から、私は、前向きに生きることにした。タクヤと一緒に畑を耕したり、ハルカと一緒に書類をまとめたり。そして、あることに気付いた。

 村の他の人たちは、絶望の中に暮らしていた。マチノ一家だけが、この村で前向きに生きていた。

流されるままに、『今』を生きる人たち。何かに『生かされている』と言った方がいいかも知れない。

 私はケイにそのことを尋ねた。

「何故、村の人たちは絶望の中にいて、あなた方は前向きに生きているのですか?」

 ケイは声をひそめて答えた。

「実はね、私達だけは、文明を後世に伝えるために、特別に一部の機械の使用を認められているの。二十世紀にもあったけど、なんだかわかる?」

 私には、皆目見当がつかないよ。

「電話」

「電話!!?」

「しっ。あまり人に知られちゃだめなの。知られると暴動が発生するから」

「電話で暴動?」

 私はつい、大声を出してしまった。まわりの人が何事かと振り返る。私は手を振って、何でもないことをアピールした。

「どういうことですか?」

 私はこっそりと耳打ちした。

「おいで」

 その部屋には辿り着くには、何度もカギのかかった扉を、通り抜けなければならなかった。そして辿り着いた部屋には、思わぬものが置かれていた。

「黒電話……」

 じーこじーこまわしてかけるやつだよ……。

「そう、黒電話。でも、ただの黒電話じゃない。半径二百キロで、電話はここだけ。世界中の地下施設と連絡できるのはここだけ」

「たかが電話じゃないですか。しかも、テレビ電話とかじゃなくて、アナログな」

「アナログじゃないと、コンピュータが必要になるだろ?この世界じゃ、コンピュータはいっさい使用できない」

「ハルカッ。今日はあなたの順番じゃないでしょっ。図書館に行ってなよ」

 ケイがハルカに言った。

「マミは初めてなんだから、私も立ち会いたくてね」

「そう、ならいいけど、あなたにはかわらせないわよ」

「わかってるって」

 たかが電話ごときに、なぜそんなに熱中できるのだろう。

「電話によって、私達は、この世界では珍しい、形のない『情報』を得られるの。二十世紀では当たり前だったかも知れないけど、世界のニュースを聞くだけでも、なんか自分が旅行しているように感じられるのよ。実際はサッポロ以外の土地には一生行けないんだから、すばらしいと思わない?」

「そ、そうですね」

「ケイ、マミは二十世紀の記憶があるんだ。あんまり驚いていないみたいだぞ」

「じゃあ、これに耳を当ててごらん」

 ケイは、受話器を私にわたした。受話器から声が聞こえている。雑音が入って、聞き取りにくい。

 これなら、ケータイの方がまだ聞こえやすいくらい。私はケイに受話器を戻した。

「どう、離れた人の声が聞こえるのよ、すごいでしょう?」

「マミは、あんまりすごいと思っていないみたいだぞ」

「うしろからうるさいわね。いいの。私は説明したかっただけだから」

 この二人は本当に中が良いのね。

 私は黒電話を巡るやり取りを見ながら思った。

「マミも遠くの人と話してみる?トウキョウシンジュクの人だけど」

「いや、いいです」

 東京が遠いなんてね……。

「私はタクヤのところへ戻ってますから、ごゆっくりどうぞ」

「ええっ?使わないで帰るの?じゃあ、私は少し話してから戻るね。ハルカは、マミと一緒に戻りなさい。順番がまだなんだから」

「はいはい」

.

 電話一つで、よくあんなにはしゃげる。

 確かに、この世界で唯一の娯楽みたいなものだからわかる気もしないではないけど、まさか、黒電話とはね。

 私はタクヤと畑にカブを植えていた。日光じゃないので、ちっちゃいカブができる。それもまた、かわいくていい。

 仕事が終わって、タクヤと話をしながら家へと帰る時。

「お姉ちゃんの覚えている二十世紀の話を聞かせて」

「いいわよ。あの時代は情報化社会でね、IT革命とか言われてた。まさか、その革命の

せいで、機械に地上を追われるなんて誰も思ってもみなかったわ」

「それから、それから?」

「私の家には桜の木がいっぱいあってね、それなのに私は梅と桜の区別がつかなくてね、よく、あなたくらいの子どもにからかわれたりしたものよ。そしてね……」

 あれ?

「そして、何?」

 あれ?目が見えない。身体の感触が急速に失われていく。耳も聞こえない。何も感じない。どうしたんだろう。ケイを呼ばなきゃ。

「タクヤ、ケイを呼んできて……」

 私は、気を失った。

 あるのは、虚無だけだった。


無断転載厳禁
.
.
.